"生きる理由"を見つけた日

『……この世界はあまりにも理不尽だ。 』

この言葉は、ワインレッドの美しい髪色をした、夜空のような美しい容姿をした"彼"が、この世界で生を受け、初めて口に出した言葉だ。

その十字の瞳孔をもつ瞳には希望が見えておらず、酷く絶望している様子だった。

どうしてそう呟いたのか、どうして生まれたばかりだというのに絶望しているのか……それは、彼の生まれた理由にあった。


この世界は創概と呼ばれる上位存在の魔力によって生まれた。

太陽と月の創概がこの世界の基盤、魂13柱を作り出し、魂達に外界の知識を与えた。

魂達はその知識から世界に必要だと思う要素を考え、創概から活動するための肉体を受け取り神として生を受け、活動していた。

数柱の魂が肉体を得て始祖神として世界を構築し始めた頃、とある弊害に直面することになる。

太陽と月の魔力はこの世界を構成している要素ではあるものの、更なる発展の為にはとてもじゃないが使える代物ではなかった。実際、始祖の神々ですら創概の魔力をそのまま使うと身体が拒否反応を起こしていたほどだ。

それに頭を悩ませていた創造神のファルドミオは、まだ身体を持たない魂達に相談を持ちかけた。

「創概の魔力を皆が使えるように管理してくれる者はいないか」

その相談に応えたのが彼……ディラウラスと名付けられた魂だった。

何を作り出したいか、どうすれば世界がより良くなるかを考え、選ぶ自由は全員にあった。しかし、魔力の管理はいつかは誰かがやるしかなかった役目であり、それをディラウラスは受け入れただけ。

それなのに太陽と月は、彼の肉体にあまりにも惨い"制約"を与えた。

制約とは創概が始祖神達に"世界を壊すような手荒な真似をしないように"と設けた弱体効果のこと。付与されるものはそれぞれ違うのだが、ディラウラスに与えられた制約は"魔力を使う度に身体が腐敗していく"というものだった。

この制約は魔力を司る立場となったディラウラスにとって腐敗によって死ぬことが確定していると言っても過言ではない内容で、治癒も効かないと聞かされていた。だからこそ、生まれてすぐに絶望していたのだ。

実際皆が使えるようにと魔力という概念を生み出した後、一度魔力を少しだけ消費してみると右手に激痛が走ったのを感じた。ディラウラスがおそるおそる自身の手を見ると小さくヒビが入っているのが分かった。

"本当に少しだけしか使わなかったのにこんなに苦しいのか?それならこれ以上の力を使ったら一体自分の体はどうなってしまうのか?"

そんな恐ろしい考えが浮かんでしまい、ディラウラスは小さく悲鳴をあげて顔を真っ青にする。


あと何年生きられるのかも分からない状態で、この激痛に耐えながら生きなければいけない。ただ、皆の代わりを担っただけなのに。


……ディラウラスはこの世界に生を受けたその日に世界を、創概を……そして自身を憎むようになった。

ディラウラスは、最初こそは周りを心配させまいとどんな時でも笑顔を振りまいていた。魔力を使う度に激痛に襲われ、その痛みから嘔吐することもあったが他の始祖神達には苦しむ姿を決して見せなかった。

自分が選んだ道なのだから受け入れるしかないと、諦めの気持ちもあったのだと思う。しかしディラウラスの状況を知っている始祖神達にとっては、少しでも力になれないものかと悩む日々が続いていた。



ディラウラスが生まれて数十年ほど経った、ある日のこと。

「はぁ〜……心配すぎる……」

ファルドミオは大きく溜息をつきながら頬杖をつく。隣に座って珈琲を飲んでいた知恵神……ウィズは、ファルドミオを横目に見る。

「ディラウラスのこと?」

「あぁ……辛いはずなのに俺達に頼ろうとしないし、話しかけても"大丈夫だ"の一点張りで……俺が頼んだこととはいえ、いつか壊れてしまうんじゃないかって不安になるんだ」

ファルドミオはそう言うと悲しそうに目を伏せる。ウィズはそれを見て小さくため息をつく。

「ディラウラスのことはそっと見守るって決めたじゃないの。ファルドミオからしたら確かに罪悪感とか不安とかあるんでしょうけど、相手が助けを求めてなかったらただのお節介になっちゃうでしょ」

「う〜ん……それにしてもどうして創概はこんな制約を与えたんだ?俺達の制約は権能の制限だから極力使わないって選択肢ができるが、ディラウラスは常に使用を強いられている状態で制約が掛けられてるからな……」

「……そんなの、理由はひとつしかないでしょ」

ファルドミオの問いにウィズはカップを置き、立ち上がる。

「創概は気に入らないのよ。自分達が唯一使えてた魔力って概念を、他の奴が扱えるようになったのが」

まあそれのおかげで私達も自由に世界を構築できるようになったわけだけど、と続けてウィズは呟く。

「そう、だよなぁ……魔力だけは権能を使っても創れなかった……"創らせてもらえなかった"俺にも責任があるな、これは」

ファルドミオはそう言うと更に落ち込んだ様子だった。


一方ディラウラスは、少しずつ焦りが出てきはじめている様子だった。

腐敗し、ひび割れていく身体は、なにかに触れる度にぱらぱらと崩れていく。あと何年生きられるのか分からない、もしかしたら1年も生きられないかもしれない。

死が迫ってくる恐怖に、頭がおかしくなりそうだった。

死を司るオルトスはこれを毎日経験しているのかと考えると自分の感じる苦しみはまだマシなのかもしれないと、ディラウラスはなんとか気を落ち着かせる。

「……俺が苦しんでる中で、皆が平然と生きてられてる現状を見続けるのが…………こんなに惨めな気持ちになるなんて、思いもしなかった」

そしてその感情を抱いてしまっている自分が、どうして自分だけなのかと他人を恨んでしまいそうになる自分が、嫌いで仕方なかった。


……やがてディラウラスは、誰とも話さず、距離を置くようになった。

この時期は始祖神皆が他の生命体を作るため、世界をより良くしようと奮闘していたのもあり、尚更力になれない自分に嫌気がさしてしまったのだろう。ファルドミオがディラウラスを見つける度に話しかけようとするが、ディラウラスは背を向けて去っていってしまう……そんな日々が続くようになった。

この時点でディラウラスの肉体は既にヒビだらけになっており、いつ四肢が崩れ落ちてもおかしくない状態だった。

極力魔力を使わないようにと気をつけるものの、毎日ヒビは増えていく。もういっそ、早く死んでしまいたいと願うようになっていた。


ウィズはそんなディラウラスの様子を見るため、不安な気持ちを抱きながらも彼のもとを訪ねた。

「……珍しいな、ウィズが俺を訪ねるなんて」

ウィズが来たことに対してディラウラスは歪な笑顔を浮かべてそう呟く。ウィズはその様子に心を痛めながらも声を掛ける。

「貴方、最近ファルドミオのこと避けてない?彼奴ショック受けてたよ。私達にいつも泣きついてくるから何とかしてほしいんだけど」

「……はは、そりゃ悪いことしたな」

ディラウラスがへらっと笑うとウィズは予想外の反応をされたからか、困った様子で横髪を触る。

「……罪悪感なの?避けてる理由」

「まぁ……そうだな、今の状態の俺がいると彼奴は自分のせいだって落ち込みそうなのもある」

彼の言い方からして他に理由はあるのだろうと察したウィズは、ディラウラスに問い掛ける。

「その制約、少しでもマシになったらいいのにって思わないの?」

その問いにディラウラスは目を見開く。そしてすぐに諦めたように目を伏せる。

「……マシになるならそれに超したことは無い。だが俺の制約は治癒じゃ治せやしないし、創概から与えられたものである以上緩和させるなんて出来るわけないだろう」

「……はぁ、まあそうよね。創概は私達よりも上の存在だもの、制約の緩和なんて簡単に出来るわけない。でも、不可能では無いはずよ」

ウィズはそう言うとディラウラスに更に近付いてじっと目を合わせる。

「……なぜ、そう思える?」

「貴方が魔力を私達が使えるようにと大役を背負ったように、私達も何とかできるかもしれないってこと。……まぁ、何かしら犠牲にする覚悟はしないといけないでしょうけど」

ディラウラスはウィズの言葉を聞いて小さく横に首を振る。その表情はあらゆる負の感情を宿したような、複雑な表情をしていた。

「俺なんかのために皆が苦しむ必要なんてない。そもそもこの役目を背負ったのも俺の意思で……受け入れるしかないんだ。だから……もう、諦めてくれ」

ウィズはその様子を見て私には救えないかもしれない、と落胆した。彼が全て悪い訳でも無く、最初こそは抗うことだって考えていたはずなのに、周りのことを優先してしまっている。そんな優しすぎる存在に対して、これ以上手を差し伸べられるほどの覚悟がなかった。

「分かった、でも少しくらい足掻かせて頂戴。私もファルドミオも……貴方を助けたいと思う気持ちは変わらないから」

「……勝手にしてくれ」

ディラウラスはウィズに背を向けると、そのまま蹲ってしまった。ウィズは「そうさせてもらうわ」と一言残してディラウラスから離れる。

「この件はファルドミオに報告しないとね。私の権能じゃとてもじゃないけど助けてあげられない……だけど」

ウィズはいつの間に拾ったのか、布切れに包まれた彼の"欠片"を取り出す。

「……これがあればすぐにでも制約の解析ができる。私の知恵も、きっと役に立つはずよね」


その後ウィズはファルドミオを訪ね、経緯を説明した。ファルドミオは落ち込んだ様子で腕を組む。

「……本当に申し訳ないことをしてしまったな、俺は」

「だからそうやって落ち込むから避けられてたんでしょ?ほら、ディラウラスを早く助けたいなら今からでも動くわよ!」

ウィズはファルドミオを叱り、背中を両手で押す。ファルドミオはハッとした後真面目に打開策を考え始めた。ウィズはその様子を見て呆れたように溜息をつくと、目を細める。

「……私達始祖神はね、ほとんどが連帯責任が好きなのよ。1人で苦しもうとしてる貴方には、まだ理解出来ないでしょうけど」

ウィズはぽつりと呟くと、手に持っていた全知全能の書を開く。

全知全能の書……それは太陽と月、そして同等の創概である星の3柱の知識が全て入っている禁忌の書。知恵神であるウィズのみが権能による閲覧が許された、唯一無二の本だった。

太陽と月が関与している本なだけに、答えは得られないかも知れないが試す価値はあるだろうと、ウィズは目を閉じて唱える。

「"我が権能をもって、制約を緩和するための打開策を記せ"」

ウィズがそう唱えると、身体が少し若返る代わりに全知全能の書に文字が刻まれていく。

"この情報は2人に止められてるんだから、本来なら教えられないことなんだからね"と脳内で誰かに釘を刺されたような気がするが、聞かなかったことにした。

本に記された内容はたった一言。

『制約は自己犠牲の精神をもって制御が可能となる』

この言葉を読んだウィズは、納得した様子で本を閉じた。

「……自分を犠牲にしてでも救う気があるならやってみろってことかしら。相手の制約を弱めるなら、権能を使って自分も苦しめって……そういうことね?」

私達を創った創概とやらはそれなりに性格が悪いらしい。ウィズは呆気なく見つかった答えに思わず笑いが零れる。

「……ふふ。そんなの、ファルドミオや私が気にする訳ないじゃない。彼がしてくれたことはそれだけ大きなものなのよ」

むしろこんなに簡単なら、悩む必要なんてなかったと、計画を思いついたウィズは笑顔でファルドミオに近付く。

「お、打開策が分かったのか?」

「ええ。多分全知全能の書を使うまでもなかったわ……ファルドミオ、貴方の覚悟次第でディラウラスは助かるよ」

「ははっ、なるほどな?それなら俺は何でもするさ、ウィズの考えた計画を教えてくれないか」

ファルドミオの言葉にウィズは頷くと、計画を話した。ファルドミオはその計画を聞くと、満面の笑みで縦に頷いてみせた。


……そして翌日。

ウィズはティーセットを持って再びディラウラスのもとを訪ねた。

「……懲りないな」

「少しでも気を休めてほしいのよ。紅茶を持ってきたから、一緒に飲みましょ」

ウィズはそう言うと指を鳴らし机と椅子を召喚し、ティーカップに紅茶を注ぐ。

「まぁ、飲むだけなら……」

ディラウラスは渋々了承し、椅子に座る。

「今日持ってきた紅茶はね、特別なものなの。だから貴方に飲んでほしくて」

ウィズは紅茶を注いだティーカップディラウラスに差し出すと、ディラウラスは一口飲む。

「……不思議な味だな」

「でしょ?用意するの大変だったんだから、ちゃんと全部飲んでね」

ウィズはお菓子もあるわよ、とクッキーも差し出した。ディラウラスは一瞬不審がる素振りを見せたが、気に入ったのかティータイムを楽しんでいる様子で、ウィズはそれを紅茶を飲みながら笑顔で見守っていた。

ディラウラスは紅茶とクッキーを完食すると、口元を布で拭く。

「……その身体、ずっと痛いんじゃない?」

「まぁ、最近は慣れ始めてきたがな。治癒じゃ治らないし、今更気にすることは無い」

ディラウラスの返答にウィズは少し考える様子を見せ、優しくディラウラスの手を握る。するとディラウラスの身体の殆どを蝕んでいたヒビが消えていくのが分かった。

「なっ……!?」

ディラウラスは明らかに動揺した様子で、椅子から崩れ落ちる。ウィズは困惑するディラウラスに笑顔で答えた。

「……そのクッキーに、権能を付与したのよ。"このクッキーを、食べた者の制約を修復可能な状態にまで緩和させる遺物とする"……ってね。このレベルの権能となると私じゃ出来ないんだけど……誰がやったか、貴方にはわかるんじゃないかしら?」

「…………ッ!!ファルドミオ……!!!!」

その言葉にディラウラスは顔を真っ青にし、立ち上がる。

「……今ならいつもの場所で不安そうにウロウロしてるんじゃないかしら。会いに行ってきたらどう?」

「……そうさせてもらう。ありがとう、ウィズ」

ディラウラスはそう呟くと急いでファルドミオのもとに走り出す。ウィズはその背を眺めて、ふわりと微笑む。

「……これで、良かったのよ。死ぬよりは、よっぽどマシだもの」

「……私もそう思う」

ウィズの言葉に答えるようにいつの間に居たのか、死神であるオルトスがウィズの背後から現れた。

「あら、いたの?」

「たまたま近くを通りがかっただけだ。それにしても大きなことをしたな、お前達は」

創概からの罰は大きかっただろう、と目を細めながらオルトスが問い掛けると、当たり前よ、とウィズは目を閉じた。

「今回の権能の行使でファルドミオは左腕の機能を失った。多分、近いうちに腕を切り落とすことになるわね」

「……そうか」

オルトスがそう呟いてファルドミオ達のもとに様子を見に行こうとすると、ウィズはそれを制止する。

「……今は二人で話をさせましょう?やっと、ディラウラスがファルドミオの気持ちに向き合ってくれるのだから」


一方、ディラウラスはファルドミオのもとに駆け寄り息を切らしながらも弱々しく服を掴む。

「ファルドミオ!どうしてこんなことしたんだ!!俺は別にこんなこと望んでなんか……ッ」

ディラウラスが涙目になりながらファルドミオを見ると、ファルドミオは眉を下げて優しく微笑み、右手でディラウラスの頭を撫でた。

「……よかった、ちゃんとクッキーの効果は効いたんだな。やっぱりウィズの計画はすごいな、はは」

そう言うファルドミオの左腕は完全に機能しなくなったためにだらりと力無く下がっている。それを見つけたディラウラスは目を見開き、崩れ落ちる。

「な、んで……左腕……まさか、俺のせいで……?」

ファルドミオは崩れ落ちたディラウラスの前にしゃがみ、片腕で抱き寄せた。

「……ごめんな。俺が頼んだばかりに、お前には苦しい思いをさせてしまった。これは償いだと思ってくれ」

「俺なんかのために……ファルドミオがこんな事する必要はないだろ……?俺が自ら選んだ道で……ファルドミオは何も悪くないのに……」

「それなら、お前も何も悪くない。俺がしたくてしたことだ、自分を責めないでくれ。頼む……」

ファルドミオはそう言って腕に少し力を込める。

「今まで、よく頑張ったな。苦しみを言えなくて、いつ死ぬかも分からない状態で生き続けて辛かったよな……もう、お前は苦しまなくていいんだ。生きられるんだ、これからも……ずっとな」

その言葉を聞いたディラウラスの目からは、いつの間にか涙が溢れだしていた。ずっと孤独だった心を、一瞬で埋めてもらえたような気がした。

「……ごめん、ごめん……ファルドミオ……」

「謝るな、それに片腕が無くなったくらいじゃ生活に支障はないさ」

ファルドミオはそう言ってへらへら笑う。ディラウラスはその様子を見て、何かを決意した様子で立ち上がる。

「……腕の代わりになるもの……義手、だったか。俺に作らせてくれないか」

「……いいのか?」

ファルドミオは目を見開くと、ディラウラスは力強く頷く。

「それくらいやらせてくれ。償いになるかは、分からないが」

「償いなんて……でも、ありがとう。楽しみにしてるぞ」

ファルドミオがそう言って笑うと、ディラウラスも小さく口角を上げて微笑んだ。

この時、初めてディラウラスが本当の笑顔を見せたように思えた。


それからのディラウラスは、ウィズの知識を借りながらも義手の制作を始めた。

何度も失敗しながらも、暫く経った頃には魔力回路が組み込まれた唯一無二の義手が出来上がっていた。

あとはこれがファルドミオの身体と連動するように権能を使うだけ。あのヒビ割れる痛みを長い間経験したディラウラスにとっては、また前のように戻るだけだと恐れることは無かった。

権能による魔力の消費が多かったためか、ディラウラスの身体は再び腐敗が進んだものの、本人は気にする様子がなくファルドミオのいる場所に駆け出していた。

ファルドミオのもとに辿り着いたディラウラスは、息切れしながらも義手を差し出す。

「か、完成……したぞ……ファルドミオ……!!」

ファルドミオは目を見開いて、ディラウラスの頬に触れる。

「お前……またこんなにヒビだらけになってるじゃないか……どれだけ魔力を使ったんだ?」

「……ファルドミオが不自由しないために、魔力回路と……権能を、刻んだんだ……」

今は切り落とされて無くなってしまった左腕に、ファルドミオが義手を添えるとカチッと音がし他と同時に身体と一体化したのが分かった。

ファルドミオが義手を動かしてみると、目を輝かかせた。

「すごいな、これ……!本物の腕みたいだ、ありがとな、ディラウラス!」

ディラウラスはその言葉を聞いて安堵したのか、涙が溢れ出した。

「ど、どうした!?やっぱりヒビが痛むんじゃ……」

ファルドミオが焦った様子で義手がついた左腕で頬を撫でると、ディラウラスは首を小さく横に振って義手に手を添える。

「違う……安心したんだ。俺も、ファルドミオの役に立てたんだって……思って……」

ディラウラスの言葉にほっとしたファルドミオは、「そうか」と呟いて微笑んだ。

「俺はまだ魔力が使いこなせないから、そのヒビは後でシエルにでも治してもらおうな。あと……」

「……なんだ?」

ファルドミオは首を傾げるディラウラスの髪に触れると、目を細める。

「お前の髪、綺麗なのにどうして伸ばさないんだ?」

「あぁ……どうせ死ぬから伸びたところで邪魔かと思って切ってたんだ」

ディラウラスの返答に困った表情を浮かべたファルドミオは、閃いた様子でこう話した。

「髪、伸ばしてみないか?髪の長さは、それだけ生きたって証にもなるんだ。目標があれば、生きるのも楽しくなるだろ?」

「生きた証……か」

ディラウラスは自身の髪を触り、目を細める。

「……わかった、伸ばしてみるよ。ありがとう、"ミオ"」

初めて呼ばれた呼び方に、ファルドミオは目を見開いて驚いた様子で、その反応にディラウラスは不安そうに眉を下げる。

「この呼び方は嫌だったか?呼びやすいから良いと思ったんだが……」

「い、いやそういうわけじゃない!そうやって呼ばれるのは初めてだから嬉しくてつい……な」

ファルドミオはそう言うと恥ずかしそうに頬をかく。その反応を見てディラウラスは安堵の表情を浮かべていた。

「お前がミオって呼んでくれるなら、俺はラウって呼んでもいいか?」

「……!!ああ、勿論だ」

ファルドミオの言葉にディラウラスは微かに目を輝かせ、頷いた。


ディラウラスが長い間苦しみ、救われたことで芽生えた、生きる理由。

"これからも彼の役に立てるように"。

この気持ちは、彼らが神の座を降りた今でも変わることは無いだろう。