"今"を生きる、かつての友へ(後編)

…最近、おかしな夢を見る。

山奥で人間に囲まれ、自分がクラミツハを守ってクラミツハが嘆いている中で死んでいく、そんな夢。

詳しい内容は思い出せないものの、目が覚めた時にとてつもない悲しさと不安を感じてしまうのだ。

アドラスは今朝も、その夢を見た。

起きてすぐに自身の身体を確認し、隣にいるクラミツハを見る。抱き枕を抱きしめながらすやすや眠ってる様子を見て「あれは夢だ」と安堵すると、窓のカーテンを開ける。顔を洗って髪を梳かし、着替えを済ませるとクラミツハのもとに戻る。

「クラミツハ、もう朝だよ」

クラミツハはその声で呻きながらも目を覚ますと、アドラスが自身を見下ろしてる状況を見てふっと微笑む。

「……ん、おはようアドラス。早起きだな」

「おはようクラミツハ。休日とはいえ習慣は大事にしないとね」

アドラスはクラミツハにそう返すと、朝食の準備を始める。

クラミツハが眠そうに着替えている様子を微笑ましそうに見ながらも、アドラスは最近見る夢のことを考えていた。

自身とクラミツハの姿が今とは少し違ったこと、そしてあのような場所に行った記憶もなかったこと。

夢なのだから気にしなくていいのだろうが、何度も同じ夢を見ているからかどうしても引っかかってしまう。

そんなことを考えながらも朝食を作り、盛り付けた料理を机に置いていく。

「そろそろ食材が無くなるから、外出の申請してくるよ。すぐに戻るから先食べててくれる?」

「ん、分かった。じゃあ今日は買い出しのついでに喫茶店行こうぜ〜」

「もちろん。じゃあ行ってくるね」

アドラスはクラミツハにそう伝えると、部屋を出る。今日の休日が終われば、次の休みは暫く来ないだろうと数日間の献立を考えながら総帥の部屋へと赴く。

「総帥、アドラスです」

総帥の「入れ」の声が扉越しに聞こえた後、アドラスは部屋に入る。

「毎日お疲れ様。外出申請か?」

総帥……ファルドミオはまったり珈琲を飲んでいた様子で笑顔でそう問いかけてきた。アドラスは肯定し、ファルドミオの隣にいた人物に目を向ける。

「……そちらの方は?」

「ああ、そういえば会ったこと無かったか?此奴は……」

ファルドミオが紹介しようとすると、隣にいた青年が礼をし、自己紹介を始めた。

「はじめまして、俺はラウだ。普段は養護施設で先生をしているんだが、今日はミオに少し用があってな。俺のことはあまり気にしないでくれ」

青年……ラウがそう言ってニコリと笑うと、アドラスも自己紹介をする。平静を装っているものの、ラウを見ているとアドラスは不思議な感覚を覚えた。

「……あの、ラウさん。少しお聞きしてもいいですか?」

「ん、なんだ?俺に答えられることだといいが」

アドラスは不安な気持ちに駆られながらも、自身が抱いた内容について話す。

「……俺とラウさんは、以前どこかで会っていますか?」

その言葉を聞いた時ラウは目を見開いたが、その後困ったように笑った。

「どう……だったかな。どうしてそう思ったんだ?」

「えっと……確証があるわけではないんです。ただ……少し懐かしい感覚がしたので」

アドラスの言葉にラウとファルドミオは目を見合わせた。2人が目で何かやり取りをすると、ラウはふぅ、と息を吐いて話し出した。

「……その感覚は間違いでは無い。確かに俺達は会ったことがあるが、今話していい内容でも無いんだ。すまないな」

「……そう、ですか」

アドラスはそう返すと、申し訳なさそうに目を伏せた。それを見たラウは焦った様子でこう続ける。

「話せないのはちゃんと理由があるんだ……きっとあと少しで話せる時が来るから、その時が来れば西国のある場所に来るといい」

「ある場所、ですか?」

「……ああ。全て理解した時に分かるはずだ、きっとな」

ラウの含みのある言い方にアドラスは困惑した様子を見せていたが、ファルドミオがこほん、と咳払いをしてその場の流れを変える。

「それより……アドラスは外出申請をしに来たんだろ。今回もクラミツハと2人分承諾すればいいか?」

「あ、はい……お願いします」

クラミツハ、という言葉を聞いた時ラウの身体がピクリと動く。そして何処か安心したような、だけど哀しそうな表情をしていた。

ファルドミオは外出許可証をアドラスに2枚渡し、アドラスはそれを受け取った。

「ありがとうございます。それでは失礼しますね」

アドラスはそう言って礼をすると部屋を出ていく。

アドラスの足音が遠くなったのを確認し、ラウははぁ、と溜息をつく。

「……アドラスはもうあそこまで気付き始めてしまっていたか」

「前世のことか?」

「ああ。あの2人の終わり方は、本当に思い出させたくないくらい辛いものだった。そうか、2人は今回も一緒にいるのか」

ラウはそう呟いて、安心した表情を見せた。しかし、その後何かを思い出したように険しい表情をする。

「今日はやけに表情がコロコロ変わるな。今度はなんだ?」

ファルドミオがそう問いかけると、ラウは深刻そうに答えた。

「……アドラスが全て思い出した時、クラミツハまで思い出したらどうなる?あの絶望を、彼に思い出させてしまったら……」

ラウのその言葉を聞いてファルドミオもはっとした様子で、お互い目を見合わせる。

クラミツハが愛する者を失い、孤独と憎悪に侵食された心で自決を選んだ……そんな過去を思い出してしまったら、果たして平常心でいられるのか。

「そう、だよな……あの時のクラミツハは1人でも生きていけるような強い子だと思っていた。それは表上の偽りの姿でしかないとアドラスに言われた時、すこし疑ってたんだ。あまりにも、元気だったから。だが……だからこそ、俺達は止められなかった。何もしてやれなかったんだったな」

ファルドミオはそう呟くと過去の記憶を思い出して目を伏せる。ラウは何か考えている様子で、暫くしてこう呟いた。

「……なら、俺が封印を強めよう。クラミツハが、あの頃の記憶を思い出さないように」

「そんなことしたらアドラスが思い出した時に怒らないか?」

「いや、アドラスならきっと分かってくれるはずだ。俺から説明する」

ラウのその言葉にファルドミオは「それならいいんだが……」と不安そうな表情を浮かべていた。


一方アドラスは、総帥の部屋から自室に戻り、遅めの朝食をとっていた。

「今日はやけに遅かったな」

クラミツハがムスッとした様子で向かいの席からアドラスを睨むと、アドラスが困ったように笑った。

「ごめんね。総帥の部屋に来客が来てたから、少しお話してたんだ」

「そういうことならまぁ仕方ねぇか……」

事情が分かったクラミツハは理由を聞いて安心したのか髪を結びに洗面所に向かっていった。アドラスは食事をしながら、ラウの言葉をずっと思い返していた。

「……ある場所って、どこなんだろう」

そこがどこかが分かれば、夢の内容の意味も分かるのだろうか。勘でしかないものの、夢の内容とラウさんはなにか関係があるように思えた。

「……急いでも、何も分からないか」

アドラスはそう割り切り、食事を済ませて食器を片付けると買い出しの準備を始めた。


そしてその日の夜、また夢を見た。

今回の夢はいつもとは違い、クラミツハと山奥の木造建築の家で暮らしている平和な夢だった。

だがその夢の中にいた自分とクラミツハは、何処か不安げな表情をしていた。

『……随分物騒な世界になっちゃったね』

『そうだな、ここもいつまで持つか……』

そんな会話をしている2人は翼と天輪を持っていて、まるで歴史で語られるような神様のようで。


2人が外出する様子を見送ったあたりで、アドラスは目を覚ました。外はまだ暗く、早く起きすぎたのだと察した。

「……木造建築の家……それに神のような翼と天輪、山奥……」

アドラスは見た夢の内容をぶつぶつ呟くと、はっとした様子で起き上がり、部屋にある資料を端から読み漁り始めた。

「どこか……どこかないか……?夢の中の光景に近い場所……」

部屋にある資料は皆、巡回の際に記録として写真に収めたものである。その中には喰魂が拠点にしかねない危険地帯の写真もあり、1枚は似ている場所が見つかるだろうと考えたのだ。

暫くして西国の資料を見ていた際に、一箇所だけ懐かしい感覚がした場所があった。

「これは……坑道……?」

それは危険地帯に指定されている坑道の写真だった。一度だけ巡回で行った場所のはずだが、今では何度も行った馴染みのある場所のように感じた。

「……行って、みるか」

アドラスはそう決断すると、クラミツハに"少し外出してくる。昼には戻るよ"と置き手紙を残して部屋を出る。

この時間に総帥の部屋に行くのは失礼だと分かりつつも、総帥ならば察しがつくだろうと思い微かな望みに賭けて部屋の扉をノックをしてみる。

「アドラスだな?入れ」

扉の向こうから聞こえたファルドミオの言葉にアドラスは肩をぴくっと動かす。

「……どうしてわかったんですか?」

アドラスはそう言って恐る恐る部屋に入ると、ファルドミオは笑顔で出迎えてくれた。

「ラウと話したあとだからな、また何かを思い出して場所を突き止めて外出申請をしに来るだろうと予測してたんだ」

ファルドミオのその言葉にそんな馬鹿な、と驚きが隠せなかったが、ファルドミオは固まるアドラスに近寄ってこう囁いた。

「そこまで思い出したなら、俺がトリガーを引いてやろう。氷の国の兵士、刃物を隠し持つ子供……これらに対してなにか思い出せることはあるか?」

「…………ッ!!!!」

アドラスはそれを聞いた瞬間に顔が青ざめ、後退りをして扉に背が当たる。

「……ぇ、あ……??俺は……クラミツハを守ろうとして……」

全て思い出した。

山奥の木造建築の家、その近くにある坑道、氷の国の兵士……クラミツハを狙っていた、刃物を隠し持つ子供。そして……夢の中で俺達が翼と天輪を持っていた理由。


「……久しぶりだな、炎神アドラス」


そう呼ばれた瞬間、アドラスは呻きながら崩れ落ちる。

「あ、ぁ……俺は……俺は……!!総帥……いや、"ファルドミオ様"……!!クラミツハは……クラミツハはあの後どうなったのですか!!」

アドラスは人が焦った様子でファルドミオの両肩を掴み訴えかける。ファルドミオは困ったように目を伏せ、アドラスはそれを見てはっとして手を離す。

「……すみません、取り乱しました」

「いや、構わない。やはり、夢を見ていただけあって思い出すのが早かったな。封印が緩かったか、前世の意思が強すぎたのか……」

ファルドミオはそう呟いた後、アドラスに外出許可証を差し出した。

「……行ってこい。行くべき場所は、もう分かっているだろ?」

アドラスは目を見開き、こくりと頷いた。

「ありがとうございます、ファルドミオ様。彼とも話をしないと……」

アドラスはそう言い、礼をして鎮救熒の拠点を出る。アドラスなら西国まで行くのに時間はかからないだろう、とファルドミオは珈琲を飲む。

「……また、時が動き出した。アドラスは真実を知っても耐えられるのかどうか……楽しみだな」


アドラスは魔力で速度を上げ、西国に向かって建物の上を駆け抜ける。

1秒でも早く真相を知り、クラミツハの元に帰らないといけない。本当ならクラミツハを1人にしたくはないが、こればかりはクラミツハも連れていくのは良くないと勘が訴えかけていた。

「……俺達が昔居たところは今の西国だってことには驚いたけど……まだ残ってるものなのかな、あの家……」

アドラスが向かう場所はひとつ。クラミツハと共に暮らした、木造建築の家があった場所。


暫くして目的地にたどり着くと、そこには植物が絡まり廃屋と化した家が残っていた。そしてその家の近くには綺麗に保たれた立派な墓が建てられており、そこに見覚えのある青年が立っていた。

「……ディラウラス、だね?」

名前を呼ばれた青年はアドラスの方を見た。間違いない。彼はラウ……ディラウラスだ。かつての上司であり、友人の……元魔力神。

「……思い出すのが早かったなぁ、ファルドミオにトリガーを引かれたか?」

ラウはそう言って笑うと、アドラスは墓の方に近付いた。

「話せないのは理由があるっていうのは、前世のことだったからなんだね?それに、この墓は……」

「……この墓は、前世の君とクラミツハの墓だ。」

アドラスはその言葉に驚いて目を見開く。ラウはそれを横目に見て話を続ける。

「この墓自体を作ったのは俺じゃない……クラミツハを同じところに埋めたのは俺だがな。この墓はクラミツハが作ったんだ」

「クラミツハが……」

アドラスはその話を聞いて墓をじっと見る。ここに、眠っていたのか。何千年もの間、自分とクラミツハの身体が。

「君が死んでから、クラミツハはどうなったと思う?」

「え?それはどういう……」

ラウの問いにアドラスが目を見開くとラウは目を伏せ、家の方へ歩いていく。アドラスはそれについて行くと、ラウと共に家の中に入っていった。

家の中はガラスが至る場所に散らばり、アドラスが着ていた服が1箇所にまとめられ、槍はその中央に突き刺さっていた。その周囲には酒瓶が転がっており、只事ではないことは一瞬で理解出来た。

「そこの槍があるところ、何があったと思う?」

「……あれは俺が使ってた槍、だよね。それに服も……でもなんで……」

アドラスが必死に考えていると、ラウは目を伏せて答える。

「……あそこで、クラミツハは自決したんだ」

「なっ……!?」

ラウの言葉にアドラスは驚きを隠せなかった。

クラミツハが……自決?こんな惨状になるなんてこと、俺といる間は一度も……

「それだけクラミツハにとってはお前のことが大切だったんだ、アドラス。俺に生きる理由だと語っていたくらいにな」

「そんな……じゃあ、クラミツハが自決したのは……俺が死んだから……??」

その事実に気付いた時、胃液が込み上げてくる感覚がした。アドラスはその場に崩れ落ち、嗚咽を漏らす。

「……この惨状を見たらわかるだろう。ずっと苦しんで、自身を恨み続けて……クラミツハは、君が死んだ翌年の命日に命を絶った。それまでの間……俺と一言も言葉を交わしてくれなかったんだ」

「俺が……1人にしたから……?俺があの時、人間を殺さないようにって動いてたから……それが結局クラミツハを苦しめてしまったのか……??」


あの時、庇うだけじゃなくて子供をそのまま槍で殺せるくらいの無慈悲さを持っていれば。

俺ならできたはずだった。人間が何人居ても、勝てたはずだった。それなのに争いを避けようとしたがばかりに、守るだけ守ってその後のことを考えてあげられてなかった。

きっと、今のクラミツハが拷問を平然とやってのける無慈悲な一面を持っているのは人間を恨む気持ちが残っていたからなのでは無いか?優しくて、誰よりも頼りがいがあって、だけど寂しがり屋のクラミツハ。そんなクラミツハを、紛れもない俺が……誰よりも理解していたはずの俺が、壊してしまったんだ。

「ぁ……あ………クラミツハ、クラミツハ……!!ごめん、本当にごめんなさい……!!俺は、俺は……考えれば分かった筈なのに!!君を置いていってしまった!!1人にしないでって君は……訴えかけてくれていたのに!!!」

涙が止まらない。後悔しても遅いし、謝ったところでクラミツハはおそらく前世の記憶を思い出してはいないのだろう。


「……今後悔して嘆くのなら今のクラミツハを守り抜く方法を探るべきだ、そうだろう?まだやるべきことはあるはずだ」

ラウはそう言ってアドラスの肩に手を置く。アドラスはその言葉に目を見開き、ラウの方を見る。

「……俺は、クラミツハが前世の記憶を思い出さないように封印を強めようと思っている。理由は……分かるな?」

「うん、協力するよ。クラミツハにこれ以上苦しい思いはさせない……絶対に」

ラウの言葉にアドラスは頷き、ラウはその様子に安心した様子で液体の入った瓶を渡す。

「……これは?」

「前世の記憶を思い出すトリガーを、引かせないように抑制させるものだ。本来は魂に浴びせるやつでな……神の権能の代物だから、今の記憶が消える訳では無いからそこは安心してくれ」

「これを、飲ませればいいんだね?」

アドラスがそう聞くと、ラウは小さく頷いた。

「俺がクラミツハの前に現れれば、トリガーになってしまうかもしれない。だから暫くは鎮救熒によることも無くなるだろう……頼んだぞ、アドラス」

「……分かった。俺に任せて」

ラウはその言葉に微笑みで返すと、家から立ち去っていく。アドラスは早くクラミツハの元に帰るため、拠点まで駆け出した。



__そして。


「アドラス!なんで勝手に俺を置いていったんだ!!」

アドラスが拠点に戻り、部屋に帰ると早々にクラミツハに怒られてしまった。

「あはは、ごめんね?昨日話してた人に聞かないといけないことがあったからつい……」

「つい……じゃない!!頼むから次は俺も連れていけ!!何のためのバディか分かっているのか!?俺がいないところで怪我したら許さないからな!!」

クラミツハがそう言いながらぷんすこ怒っている様子があまりにも愛おしくて、怒っているのに言葉に優しさが溢れていて、アドラスは思わずくすっと笑ってしまう。

「な、なんだよ……」

「はは、ごめん。クラミツハは優しいなぁって思って」

アドラスはそう言ってクラミツハの頭を撫でると、笑われたのが不服なのかむすっとしながらもクラミツハは大人しく撫でられていた。

「……もう1人にはしないから、大丈夫だよ」

「……?お、おう」

クラミツハが困惑しているのを見て、アドラスは優しく微笑む。


……もう、決して君を1人にはしないよ。

だから……これからもずっと傍で笑っていてね、クラミツハ。