今から少し昔の、魔塔にて。
「リヒル君〜俺は退屈だよ、酒飲みに行かない?」
フィスタはリヒルスキアの研究室の中を暇そうにふらふらと歩き回り、研究に没頭していたリヒルスキアにそう呼びかける。
「俺は頭が働かなくなるから酒は飲まないって言ってるだろ。トゥラタキモでも誘ってこい」
「トゥラ君ね、誘おうと思ったんだけど爆弾作りに夢中で話聞いてくれなかったんだよね。おじさん悲しい〜」
リヒルスキアの返答に、フィスタは泣き真似をするかのように袖で顔を隠す。それに対しリヒルスキアは「そんな事しても無駄だ」と言いながら呆れた様子で溜息をつくと、それと同時に自分達とは別の人の気配を感じた。軽やかで特徴的な足音と、膨大な魔力の気配。それは、2人にとって馴染み深く、絶対に信頼出来る気配だった。
「リヒル!フィスタ!!会いに来たぞ〜!!」
軽快な声とともに研究室の扉が開かれ、そこには満面の笑みを浮かべた、赤髪に黄のメッシュとインナーが特徴的な青年が立っていた。その青年の腕には大量の紙袋がぶら下がっており、まるで旅行帰りのような風格を見せていた。
「やっぱりお前だったか、ユスディシア」
「ゆー君!ちょうどいいところに〜!!」
リヒルスキアは研究の手を止めユスディシアと呼んだ青年の方を向く。フィスタは嬉しそうにユスディシアに飛びついていた。
ユスディシアはフィスタを優しく受け止めると、「相変わらずだなぁ、暇だったのか?」と笑いかけ、リヒルスキアの方を見る。
「研究中だったのか、邪魔しちまったかな」
「いや大丈夫だ。むしろフィスタが酒飲みたいってうるさくてうんざりしてた所でな、ちょうど良かったよ」
「リヒルは酒飲まないもんな〜。フィスタ、俺と飲むのじゃダメか?お前へのお土産に酒持ってきたんだけど」
ユスディシアはそう言って持ってきた紙袋から瓶を取り出すと、フィスタは目を輝かせる。
「それ、北国でしか買えない高級ワインじゃないか!さすがゆー君、俺の好みわかってるね!!」
「ははっ、今のご時世じゃ尚更手に入れにくいだろうと思ってな。リヒルには珍しい遺物、ウィズさんには珈琲豆、トゥラタキモ君には爆弾の製作図を持ってきたよ」
「爆弾の製作図って……また暇潰しで色々開発してたのか?」
「ああ。失敗しても気をつけようって子供達に教えられるし、成功したらまたひとつ知識が増えるからな。製作図はその副産物だよ」
ユスディシアは「その辺の机に置いとくね」と持ってきたお土産を机の隅に置く。
「最近学校の運営で忙しいだろうに、今日はどうしたの?」
とフィスタが聞くと、ユスディシアはそうだった、と本来の目的を思い出した様子で答える。
「実は最近、新しく孫が生まれたんだ!ディルメルグって子でな、めちゃくちゃ可愛いから自慢したくってな?」
ユスディシアはそう言うと嬉しそうに懐から写真を取りだし、2人に見せる。
その写真に写る小さく柔らかいその命は、この世界に天使が居たのなら間違いなくそうだと言われるであろう愛らしさがあった。
「へぇ、可愛いな」
「人間の子供ってなんでこんなに可愛いんだろ〜……生命の神秘だよね」
2人はそう言ってじっと写真を眺める。ユスディシアは嬉しそうに「そうだろそうだろ?」と笑っていた。
「俺さ、この子や他の子孫達が将来苦しむことのない世界にしたいんだ。実際その為に忘却の使徒として生きてきたわけだし……暫くは俺の野望に付き合ってもらうぞ、2人共」
ユスディシアはそう言って2人と肩を組む。
「暫くどころか死ぬまで付き合ってやるよ、平和な世にしたいのは俺も同じだからな」
「当たり前でしょ〜ゆー君とリヒルのその願いに賛同してるから俺は協力してるんだからね?」
リヒルスキアとフィスタがそう言うと、3人で笑い合った。そんな楽しそうな様子が気になった様子でひょっこりと現れたウィズは、折角ならばと最近買ったばかりの写真機にその光景を収める。
そしてその写真は、3人が一緒に写っている、唯一の写真となった。
そして時は現在に戻る。
フィスタは魔塔の廊下でふよふよ浮かびながらその写真を眺め、複雑な表情を浮かべていた。
「……おい、そこに居られると邪魔だから他の場所に行ってほしいんだが」
暇潰しにと、魔塔内の掃除をしていた暁明はそうフィスタに声をかける。フィスタはやれやれ、と呆れた様子で写真を懐にしまう。
「君のおじいちゃんはあんなに器が大きくて優しかったのに、こんな冷たい子に育つなんておじさん悲しいよ」
「冷たい奴で悪かったな、だがそんな廊下のど真ん中に居られて邪魔なのは事実だ」
ちぇ〜、とフィスタは拗ねた様子で部屋へと帰っていく。部屋に戻り、写真をもう一度眺めると、眉を下げながら微笑んでこう呟いた。
「……冷たいところはあるけれど、心の中にある正義感と優しさは君そっくりだよ。……だから」
__だから、彼は俺が絶対に守り抜くよ。
それが君を守れなかった、助けられなかった俺ができる唯一の贖罪だから。
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