君の罪、私の咎

私の弟……プリエールが犯した罪はどこから始まって、ここまで大きくなってしまったのか。

どうして喰魂という存在を人間を実験台にすることで生み出し、世界を混乱に陥れるようなことをしてしまったのか。

私は……どうしてあの時止めてあげられなかったのか。


毎日のように夢に見るあの日の光景、私が犯した愚行。私が片目と翼を失った日の出来事。

あの日は私が、天空神のシエルと破滅神のキルテの二人が仲睦まじく話しているのを聞いていた時だった。あの二人は始祖神の誰もが認知しているほどの相思相愛のパートナーだから、私はそんな二人の話を聞いて微笑ましく、羨ましいとさえ思っていた。

「君達は人間達みたいに式を挙げたりはしないのかな?その時は是非とも、私に友人代表のスピーチとやらをさせてほしいんだけど」

と言えば、キルテは

「それはお前が人間と同じことを体験したいだけだろ…」

と呆れたように言った。そしてシエルは困ったように微笑みながら、

「式を挙げても呼ぶ人数が少なくなっちゃうから、ルリエンに百人分くらいは祝福してもらわないと。君が綺麗な翼を広げて祝ってくれたら、忘れられない式になると思うんだよね」

と冗談交じりに話す。それに私は「任せてよ、君達の為ならこの翼だって喜んで広げるさ」と笑って答える。それがいつもの日常だった。

この日もそんな幸せな日だったと一日を終わるはずだった。しかし普段二人と会話して別れる予定だったのが、シエルに突然呼び出されたんだ。キルテにはまだ話せる内容じゃないからと言われ、二人で話すことになった。

「話って何かな?」

私がそう問うと、シエルは眉を下げて溜息をつきながら話しだした。

「実は、プリエールの様子が最近おかしくてさ。キルテのことを避けてるというか、敵視している感じがして。キルテが離れてる時は僕に話しかけてくるんだけど、二人に何かあったのかと思って……兄であるルリエンなら何か知ってるかと思ったんだ」

私はそれを聞いて驚いたよ。弟であるプリエールからキルテに関する話を聞いたことは無かったし、私に分かることはプリエールがシエルに好意を抱いてたことだけだった。

私がそのことを話すと、シエルは考え込んでいる様子だった。そして私に問いかけてきた。

「こんなこと頼むのも申し訳ないんだけど……プリエールが考えてることって、真実眼で見れたりしないかな?」

私の権能の一つである真実眼があれば、普通であれば誰が何を考えているかはすぐに分かる。だから私の前では誰もが嘘をつけない。


……そう、プリエールを除いて。


弟のプリエールだけは真実を覗くことが出来なかった。兄弟として生まれたから耐性がついているのか、真実を隠すような権能を持っているのかは分からないけど、少なくともシエルの頼みに応えられないのは事実だった。

「ごめんね、私の真実眼はプリエールにだけは効果がなくて。実際何を考えてるのかは気になるから、私が直接聞いてみるよ」

「ほんと……?手間をかけさせてごめんね。お願い出来るかな」

シエルの言葉に私は「任せて」と快諾した。

昔からシエルの要望はなんでも叶えたくなってしまうんだ。この子の愛くるしい笑顔と鈴の音のような美しい声はいつだって私の心を貫いてくる。

この子の笑顔のためなら、私はきっと誰かを殺すことさえ厭わないだろう。

……私も、プリエールと同じでシエルのことが好きだったから。

三人の男に愛されるだけの魅力がシエルにはあった。美しくて素直で、穢れのない瞳。誰にでも優しい、人間が望む神の姿そのものを具現化したような子だったから。シエルが性別を明かそうとしないのはどこまでも中立の立場でいたいという願いの証明なんだろうし。

そんなシエルがキルテを選んだんだ。キルテも自身の能力を使いたくないと考える程には争いを嫌い、平和を望んでいるような神だ、あの二人は結ばれて当然だと思えたよ。

だから、プリエールに聞くついでにそろそろシエルを諦めろと言ってやるつもりだった。


私がプリエールのいる拠点に入ると、プリエールはガラス片が散らばった部屋の隅に蹲っていた。何事かと私が近付くと、一瞬の瞬きの間に私は首を背後から掴まれていた。

「っ……プリエール、急に何し……ッ!?」

私が背後にいるプリエールに問いかけようとすると背中に激痛が走った。背後にいるプリエールは機械のように淡々と私に問いかけてきた。

「今日はシエルと何してたの、ルリエン」

その言葉と共にバサリと何かが落ちたあとがした。その瞬間に視界の片隅に見えたのは大量の羽だった。真っ白な、シエルに褒めて貰えた私の自慢の翼__

背中の痛みの正体に気付いた途端、心と背中に先程よりも強く、杭が打たれたような痛みが走る。

「ぁ……う"ぁ…ッッ!!!!」

プリエールに首を掴まれているからか息をすることすら難しく、叫ぶことも許されなかった。そんな状況でプリエールはずっと、「何をしてたの」と私に問い続ける。

「せ……めて首、は…なし……」

と私が懇願すると、また背中に激痛が走った後、投げるように手を離され、私の身体は壁に激突するように開放された。

どうしてプリエールはここまで怒っているんだろう。昔から何かある度に何度も私の身体を燃やそうとしたり、髪を掴んできたりすることはよくあった。それを私は癇癪だと割り切って我慢してきた。だけど翼を奪われる日が来るなんて、思いもしなかった。

プリエールは知っていたはずなのに。私が唯一自分で誇れるものがこの翼であったことを。私は何度も、言い続けていたはずなのに。

「ほら、首離したよ?答えて、僕のシエルと何してたの」

プリエールは短剣を持ってゆっくり近付いてくる。私は慌てて答える。

「シエルに相談を受けてたんだ、君がキルテを避けてるみたいだからどうしてなのか知らないかって!!」

プリエールはその言葉を聞いて一瞬止まってにっこりと笑った。

「そうなんだ、シエルが僕のこと話してたんだね。気になるなら直接聞いてくれればよかったのに」

そう呟いた後、プリエールは怒ったような様子で近付き、後退しようとする私を押し倒した。

「なんで僕に直接聞かないでお前なんかに聞くんだよ!!お前がいるから!!!お前がいるからシエルは僕に会いに来ないのか!!!!」

プリエールはそう言って私に短剣を突き刺そうとする。私はできるだけ笑顔で、落ち着かせるようにプリエールに話しかける。

「君に嫌われるのを恐れてのことかもしれないだろう?ほら、こういうのって本人に聞きにくいことだし、今日はたまたま兄弟である私が一緒にいたから聞いただけだと思うんだけど……」

プリエールは少し目を見開きながら私を見下す。「そっか」と呟いたあと、私の右目に短剣を突き刺した。

「〜〜〜〜ッッッ!!!!!!」

左目から涙が溢れ、右目からはゴポッと音を出しながら血が溢れ出す。

「それならルリエンになにか変化があれば、僕に会いに来てくれるよね。兄弟なんだから」

プリエールはそう淡々と告げる。私は痛みを堪えながらも、

「……こんなことしたら、この場所が血の海になっちゃうよ」

と乾いた笑いをこぼした。涙も血も止まらなかった。私には治癒能力はないし、誰かに治癒されても復元は難しいだろう。私はもう翼で大空を飛ぶことも、二人を祝福してやることも出来ない。両目で二人の幸せな光景を見ることすら叶わない。私の日々を癒してくれたものが、全て失われたんだ。このたった数分だけで。弟のいつもの癇癪で。

「……普通怒るんじゃないの?そこは」

プリエールは目を細めて私に呟く。私は諦めたんだ。君に私の話は通じないと。だからこう答えてやった。

「私を傷つけて、それで気が済むなら好きなだけしたらいいよ。最終的に君が私を殺しても、他の神達に迷惑をかけないならそれでいい……"君は悪い子だから"」

プリエールはその言葉を聞いた瞬間、顔を青ざめて私から離れる。

「ぁ……ルリエン……ご、ごめ……」

プリエールはいつもこうだ。悪いと言えば自分の非を認める。だけど言わなければずっとこのまま。これは太陽と月の創概が私たちを生み出した時に与えた制約。私に治癒能力が全くないのも、プリエールがこの言葉に縛られるのも我々が完全であることを防ぐための、"私達に反抗するな"という意思が込められた呪い。

だけどここまで自身を追い詰めるプリエールを見るのは、自分の身を守る為とはいえ心が痛む。


「……大丈夫だよ、次から気を付ければいいさ」

だから許してしまった。本当は今すぐ殺してやりたいほどに、全てを奪われたのに。

謝られるとなんでも許してしまうから、私は本当に困った性格をしていると思う。だからきっと、プリエールもここまで凶暴で恐ろしい存在になってしまったのだろう。


君の罪は、その凶暴な心ゆえに世界を混乱に陥れ、数多の生命を弄んだこと。

そしてその前兆だったであろうこの日の出来事を一度でも許してしまったのが、私の咎。


君が今何をしようとしていたのか、私は今なら手を取るように分かる。それを止めないと、君は本当に世界一の嫌われ者になってしまう。だから……


「……私が君を殺す。君がかつてそうしたように、今度は私が、君の全てを奪うから」