クラミツハ&アドラス過去編 後編

クラミツハが騎士になってから9年が経った罪咎2130年のある日のこと。

深夜2時を回ったあたりで外がやけに騒がしいのに気付き、クラミツハは目を覚ます。

「なんだ?この騒ぎは……」

クラミツハは不思議に思い窓から外を見下ろすと、住人達が松明を掲げながら城を囲っていた。その中には仲間であるはずの騎士数名も混ざっており、只事ではないと察しカーテンを閉める。

「クラミツハ、いる?」

カーテンを閉めると同時に扉の外からノックの音とアドラスの声が聞こえた。その声は珍しく焦っているように聞こえ、嫌な予感が的中したのではないかと胸騒ぎがした。

「ああ、いるぞ。鍵は開いてるから入ってきても……」

クラミツハがそう言った瞬間、アドラスは思いきり扉を開け、クラミツハに飛びついた。驚きつつもそれを受け止めたクラミツハがアドラスの表情を見ると、この世の終わりを告げられたように顔が真っ青だった。普段誰よりも強く、人前で弱みを見せることがなかった人が今、目の前で金色の瞳に涙を滲ませている。だからこそ、俺の元にすぐ駆けつけたことと合わせると相当な出来事が起こったのだと分かった。

「どうしたんだ?それにこの騒ぎは一体……」

クラミツハの問いに涙を堪えながらアドラスはこう答えた。

「…フレミア家は、もう終わりかもしれない」

「……は?」

クラミツハが困惑していると、アドラスが今起きている事件の全容を話し始めた。


事の始まりは僅か30分前に遡る。

アドラスはクラミツハと共に部屋へ戻った後、寝る直前になって図書館に持ち帰ろうとした本を忘れたことに気付き、部屋からかなり離れた場所にある図書館に向かっていたという。そこで目当ての本をみつけ、戻ろうとした際に唐突に国王の側近がやって来たらしい。

「アドラス様、こんな所にいたのですか!今すぐ避難してください!!謀反です!!」

アドラスの耳に一番に入ったのは謀反という言葉だった。側近の一人が国王暗殺計画を企て、つい先程その計画が動いたと聞かされた。騎士の数人もその謀反に加わっているようで、城を囲っている人々に騎士が混ざっていたのはそういうことらしい。

アドラスのもとにやってきた側近は、国王から直々にアドラスだけでも守れと命じられたために急いでやってきたとのこと。

アドラスはすぐに側近と共に図書館から出たが、それと同時に側近が持つ通信機に、何者かが発した言葉が受信された。それは聞いたことの無い声だったため、おそらく謀反を起こした一人が通信機を奪ったのだろう。

そしてその通信機から発せられた言葉は……


"国王は死んだ。お前達フレミア家の時代は終わったのだ"


アドラスがその通信機から発せられた言葉に唖然としていると、城の中にいた謀反者が背後に現れ、アドラス目掛けて刃物を突き出したらしい。

それを辛うじて刃物を受け止めた側近が、

「アドラス様、クラミツハ様の元に行ってください。そして彼と共に国外に避難を!彼なら貴方を守ってくれます、はやく!!」

とアドラスを送り出してくれ、今に至るらしい。


「国民はずっと好機を待ってたんだ…だから最近はずっと……」

たしかに最近になって国民は反発的な態度を取ることが多かったように思える。しかし、フレミア家は常に住民のことを考えていたはずだ。自由に国の出入りが出来ないとはいえ不便な程でもなかったはずなのだが、その小さな不満が溜まってここまで大きくなってしまったということなのだろう。

クラミツハはこういう時にどうすればいいのか分からなかったが、大事な主が……友が目の前で悲しんでいるのを、放っておけなかった。

クラミツハはアドラスを優しく抱きしめて小さな声で言う。

「……逃げよう、アドラス。このままだと次狙われるのはお前だ。俺が必ず守り抜く、だから……」

アドラスは諦めたように首を横に振り、窓を指さした。クラミツハは首を傾げ、そちらに視界を移すと顔を青ざめた。

国民が深夜にも関わらず、先程見た時よりも集まってきているのだ。これは異常だと、情勢に疎いクラミツハでさえも察しがついた。

「……俺はここに残る。俺が捕まらない限りここに居る騎士達が危険な目に遭ってしまう…でもクラミツハは今すぐ逃げてほしい。俺は君にだけは死んでほしくない」

クラミツハはその言葉を聞いたあと暫く俯き、そしてベッドの隣に立て掛けていた剣を手に取った。

「……俺はお前が選んだ専属騎士じゃねぇのか?俺がお前を守りきれないとでも?」

「そ、そういうわけじゃ……」

クラミツハの怒りと決意が宿った瞳にアドラスは背筋がぞくりとする。こんなクラミツハは、出会ってから一度も見たことがなかった。

「……雇ってくれたあの日からずっと俺の忠誠心はお前にだけ捧げてんだ。他の誰にも傷付けさせたりなんてさせねぇ、大事な奴を置いて逃げるなんてできるかよ」

クラミツハはそう言ってカーテンを剣で切り裂き、アドラスの顔が周囲に見えないように被せ、所作自体は荒々しくはあったが、大事に扱うように優しく手を掴んで歩き出す。

道中、城に入ってきた住民達が武器を振り回しながら襲いかかってきたが、クラミツハはその度にアドラスを守るように、返り血がアドラスに付かないように立ち回りながら、武器を使うことなく片手で制圧していった。

暫くして城の最上階に辿り着き、窓を開けたクラミツハは中央国アトルチュアがある方向を指差し、言った。

「今から一直線にアトルチュアまで行くぞ。噂程度だが、匿ってくれるであろう場所を知ってるんだ」

「ここからアトルチュアなんてどれだけ遠いか知って……」

クラミツハの発言にアドラスが驚いていると、クラミツハは不敵な笑みを浮かべてアドラスを優しく抱きかかえた。

「もちろん知ってるさ。だからこそ俺は目指すべきだと思う」

クラミツハはそう言ったあと、アドラスを抱きかかえたまま窓から飛び降り、重力操作で落下速度を調節しながら国民達の包囲の外に着地する。そしてアトルチュア方面へ一気に走り出す。

「お前は後ろから攻撃してきた奴に魔法を放て!まだ死にたくなかったらな!!」

「っ……分かった!」

アドラスはそう頷いたものの、アドラスにとって国民を攻撃することは後継者らしからぬことだというのは理解していた。だがここでクラミツハの背後を守らなければ自身もクラミツハも助からない。アドラスはふと部屋でクラミツハが言ってくれた言葉達を思い出す。その優しく、強く、忠誠に満ちた言葉達はアドラスの葛藤を打ち砕くには充分だった。


2人は国を捨て、生きる道を選んだ。たったそれだけのことだ。しかしそれだけのことが…フレミアで生まれ育った2人にとっては酷く息苦しかった。

国を出るのは思ったよりも簡単だった。国王が死んだことで結界が消えたからだ。それを理解したと同時にこの国は……フレミア家はもう終わったのだと、改めて思い知らされた。


「……この辺まで来れば大丈夫なはずだ」

国民達から逃げのび、アトルチュアの国境付近にまでたどり着いた頃にはすっかり陽が真上にまで昇ってきていた。

クラミツハとアドラスは近くの木の下に腰掛ける。

「……俺は王子失格だ…本当は逃げるなんてしちゃいけないのに… 」

アドラスはそう呟いて俯く。クラミツハは呆れた様子で言う。

「国民に裏切られた時点で王子なんて肩書きを気にするだけ無駄だ。それに……もうお前は自由の身になれたんだ、それで充分じゃねえの?」

「……そっか。確かに今は責任から解放されたわけだし、もう人前で堅苦しく話す必要も無くなったんだよね……ありがとう、クラミツハ」

アドラスはそう言ってへにゃりと笑う。クラミツハはその笑顔を見て安心した様子で微笑み、立ち上がる。アドラスも同様に立ち上がるとクラミツハは匿ってくれるであろう場所の話を始めた。

「俺達が今から向かうのは鎮救熒って組織の本部だ。能力者なら誰でも歓迎してくれるらしい」

鎮救熒…それは喰魂という怪物から民を守るため結成された組織。アドラス自身も名前だけは知っていた。しかしフレミア自体が喰魂に襲われることが無かったため、鎮救熒の戦闘員が来ることは1度もなかった。そのため伝説、噂程度の認識だった。

「あの組織って本当に存在してるの?」

「可能性は高い…賭けてみる価値はある。もし組織自体が無かったり加入を拒否されたら……まあその時はその時だ。お前と俺なら何とかなるだろ」

クラミツハはそう言って笑うとアドラスの手を引いて歩き、2人は共に国境を渡る。

そして深い森をぬけ、1番近くの街に辿り着く頃には日が暮れ始めていた。

「そろそろ宿を探さねぇとだな……」

「そうだね…だけどクラミツハ、すこし街の様子がおかしくない?」

アドラスに言われクラミツハが周囲を見渡すと、確かに人の気配が一切無い。それどころか何故か形容しがたいような違和感があった。

「……ここから離れるべきか?」

クラミツハがそう呟いた途端、何かが2人に向かって突撃してきた。

クラミツハが咄嗟に剣を抜き受け止めると目の前にいたのは人型をしているものの圧倒的な存在感と恐怖心を煽る"恐れ"を具現化した存在_喰魂だった。

「もしかしてこれが喰魂か?初めて見たがこの気配、やっぱとんでもねぇなッ!!」

クラミツハが弾き返すと喰魂は懲りずに突撃してきた。アドラスが炎魔法を頭目掛けて即座に放つ。その魔法を腕で受け止めたものの、あまりの威力の強さに怯んだ喰魂に、クラミツハは今が好機と渾身の一撃をぶつける。喰魂の急所を突いたその一撃は、喰魂を倒すには十分だった様子で喰魂はその場で倒れ、動かなくなった。

「……なるほど、喰魂が来ると警報でもされてたから住人が居なかったって考えてよさそうだね」

アドラスがそう呟くと、遠くから誰かが駆け寄ってきた。

「あんた達、怪我は無いっすか?」

駆け寄ってきた白髪の青年は2人に話しかける。

「あ、ああ……大丈夫だ」

クラミツハがそう答えてじっと白髪の青年を見る。白髪の青年の後ろからゆっくり金髪の青年が歩いて来ているのが見えた。

青年達の服装や武器、口振りからしてどこかの組織に所属しているのだと察した。

「それなら良かったっす。あ、自己紹介が遅れたっすね…オレはブランって言う鎮救熒の者っす」

「私はクラレンです。ブランと同様鎮救熒の者です」

鎮救熒という言葉を聞いて2人は目を合わせる。そして2人に対してクラミツハは問う。

「えっと…ブランさんとクラレンさん。俺達は鎮救熒の本部に行こうと思ってたんだが…能力者なら誰でも歓迎してるってのは本当か?」

「ん?もしかして鎮救熒に加入するために別国から来た感じっすかね…?それなら納得だ、オレ達が本部まで連れてくっすよ」

「私達が現場に到着する前に喰魂の制圧をしてくれた、と報告すれば加入資格は貰えるでしょうから、心配しなくても大丈夫ですよ」

「ほんとか?助かる!!」

ブラン達の好意にクラミツハは感謝し、2人はブランと共に本部に向かった。


そうして暫くして本部に着き、街に出た喰魂を倒した事実がブランとクラレンにより報告されたことで、試験を受けることなく加入の許可が降りた。

そしてそのまま2人はバディになり、鎮救熒として成長を遂げることとなる。


小国フレミアが滅んだのは、この2人が国を出て僅か1ヶ月後のことだったらしい。

国を支える王が居なくなり、混沌に陥ったことで国内で争いが起こり、国民のほとんどが貧民となり、西国の牟斐にある闇取引を専門とする商団の奴隷にされたという。

そして苦しみながら亡くなっていった国民達は皆、暗殺した国王と逃亡した王子に涙ながらに謝罪し、祈り続けていたという。


そんなことは露知らず、アドラスとクラミツハは鎮救熒で大躍進を遂げ罪裁者の座に君臨し、アドラスに至っては罪裁者のトップになるまでに至った。

国が滅び、2人が罪裁者になるまでの間は、僅か3年。設立以降の最速記録であった。

2人が罪裁者となって一年が経とうとした頃。

「こうして2人で人目を気にせず、ゆっくり茶を飲めるようになるとは思わなかったね」

アドラスは紅茶2杯を注ぎ、クラミツハのいるテーブルに運び、向かいに座る。

テーブルの上にはショートケーキと紅茶が2つ。2人は罪裁者になってからは気を休めるため週に3回、こうしてティータイムの時間をとるようにしていた。

「城に居た時はあくまで表では主従関係を貫いてたからな…」

「今ではこうして自由の身だ……あの時クラミツハと逃げてよかったと思うよ。実際こうして一緒に過ごしてる時間が幸せで仕方ないんだ」

クラミツハにとってアドラスとのティータイムが何よりも大好きな時間だった。アドラスにとっても同様で、この時間を過ごす度に生を実感し、幸福を感じられた。

クラミツハは、この日々を過ごしていくうちにショートケーキも紅茶も、気付いたら一番好きなものになっていた。

「…俺も、お前とこうして過ごせて嬉しいぞ」

クラミツハは少し恥ずかしそう耳を赤くしながらに紅茶を飲みながら呟く。アドラスはそれを見て嬉しそうに笑った。

とても平和で、幸せな日々。

戦場に駆り出される身であっても、この時間だけは誰にも邪魔されることのない、2人が望んだ小さな幸福。


親友であり、相棒であり、主従。


そんな2人の絆と戦場に出た際の強さから、知らぬ間に周囲から最強バディと呼ばれ始めていた。


このティータイムの日から数日後。

クラミツハはアドラスとの任務前に心を落ち着かせようと紅茶を飲んだ。

普段なら何の異常も起きるはずのない、なんの変哲もない紅茶。アドラスと飲む時と同じ種類のもの。

だが、この日だけは違った。

「………っぁ"!?」

クラミツハは肩掛けのベルトを掴み倒れ、蹲る。魔力が暴走を始めたのだ。

(まさか、誰かが魔力増幅薬を仕込んだのか……!)

クラミツハは魔力回復量が多く、普段でさえも毎日魔石に魔力を貯めないと危険なほどだったため、魔力増幅薬を服用すると死に至る可能性があった。そのためクラミツハがその薬を使用するのは禁じられており、普段魔力回復に使うのは自身が魔力を貯めている魔石のみと決められていた。

クラミツハは魔力の副作用で頬がひび割れていくのを感じながら、犯人はその情報を知っている人だろうと推測した。

「ア…………ドラ…ス………」

クラミツハは這いつくばりながらアドラスを呼ぶため扉の前に進み、辛うじて扉を開ける。

「クラミツハ!!」

すると丁度クラミツハを呼びに来たのであろうアドラスが近くにいたようで、急いで駆け寄りクラミツハを抱き寄せる。

「………解除、薬を…………」

クラミツハは過呼吸になりながらもアドラスなんとか伝える。その言葉で理解したのか、アドラスは応急処置として空の魔石をクラミツハに握らせながら他の戦闘員を呼び薬を持ってくるように命令する。

「……犯人は分かる?」

アドラスの問いにクラミツハは首を小さく横に振る。過呼吸になっているクラミツハの頭を優しく撫でて落ち着かせながら、アドラスは殺意のこもった怒りの表情で呟いた。

「……絶対に許さない。俺のクラミツハを苦しめた奴はどんな手を使ってでも見つけだしてやる」


その後、クラミツハは解除薬を飲み命に別状は無かったが、後遺症でしばらくの間は嘔吐や過呼吸が頻繁に起こった。そしてその件以降大好きだった紅茶が、薬を盛られたトラウマにより飲めなくなってしまった。

数日後にアドラスの口から犯人が処刑され、犯人がクラミツハの強さと交友関係の深さを妬んでいたことを報告された。

「そうか……ごめんなアドラス、迷惑かけた」

クラミツハはその報告を聞いて謝るが、アドラスは首を横に振り「クラミツハは悪くないよ」と微笑んだ。

また来るね、と告げてクラミツハの部屋を出たアドラスは、自室に戻り蹲る。


……ごめんねクラミツハ。処刑されたって言うのは半分嘘なんだ。

俺が、殺したんだ。初めて人を拷問して、痛めつけて、殺した。

許せなかった。よりにもよって俺じゃなく、クラミツハを狙った犯人が。そして俺の大事な人が目の前で苦しんでいたのに、その犯人の計画に気付けず、対策できなかった自分が。

処刑でも良かった。けど俺の手で苦しめて殺さないと気が済まなかった。俺の唯一の理解者、俺の太陽、俺の大事な__

ただ犯人から発せられた内容で、気にかかるものがひとつあった。

「……他にもクラミツハを狙っている奴がいる。今度こそ守り抜かないと……俺の大事なクラミツハには、指一本触れさせない」



それ以降アドラスはクラミツハを過保護なまでに心配している。クラミツハはそんな過保護なアドラスを見る度に

「気にしすぎだって。でも助かる、ありがとな」

と笑うが、そうして常に心配して傍に居てくれる相棒が何よりも頼もしく、安心できるのは事実らしい。

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コメント: 1
  • #1

    大感謝号泣太郎 (月曜日, 16 9月 2024 21:53)

    コメント失礼します!いつも楽しく震えつつふぃおなさんの創作を拝見させていただいています
    国の滅亡という人生大狂わせイベントに常に隣にいてくれる親友以上の存在に心温まりつつ涙が止まりませんでした;;クラミツハさんを突き動かすアドラスさんへの忠誠心と友情がぶっ刺さりです
    今回個人的に好きな所はクラミツハさんへの信頼と安心でへにゃっと笑うアドラスさんです…2億ペソ贈呈
    癖の話をすると魔力増幅薬を盛られて苦しんでいる中唯一の永遠の味方であるアドラスさんに助けを求めるクラミツハさんにニヨニヨしてしまいまいましたデカい謝罪です…謝礼として2億ペソ送っておきます
    お前と俺ならなんとかなるだろムーブに焼かれて使い物にならなくなった脳みそで打った拙いコメント失礼しました!
    これからもふぃおなさんの創作活動を応援してます^⁠_⁠^