これはヘイルが鎮救熒になるために養護施設を出る、その少し前の話。
ある日の深夜。満月が町を照らしているなか、ラウは養護施設の外に出て人を待っていた。仕事が落ち着いたから旧友同士で話でもしないかと、他でもないアルトから連絡があったからだ。
「ラウ!元気にしてたか?」
「ちょっと貴方、深夜なの忘れてない?もう少し声の大きさを……」
声のする方を見ると、笑顔で手を振るアルトとそれを困った顔で注意するウィズの姿があった。
「久しぶり。ウィズも一緒とは珍しい組み合わせだな」
「総帥からの命令でね、アルトの見張り役よ」
ラウはウィズのそんな不機嫌な様子を見て相変わらずだなと微笑む。
「ごめんな、お前の使徒も一緒に来れてたら良かったんだろうが……」
アルトが困ったように笑うとウィズは少し顔を赤くして首を横にぶんぶん振る。
「べ、別にリヒルが来れなかったからって寂しくなんてないわよ!それにリヒルは……徹夜明けだから、できるだけ無理させたくないし……」
そんなウィズの様子に2人はへぇ〜と微笑ましそうに目を細める。ウィズはそれに気付いて「な、なによ!!」と恥ずかしそうに俯きながら頬を膨らませる。
「そうだ、折角ここまで来たんだからヘイルの様子を見に行ったらどうだ?」
ラウは思い出したようにそう提案すると、アルトは小さく首を横に振る。
「いや、遠慮しておくよ。あと数ヶ月後には会えるだろうからな」
「……そうか。中に入るといい、茶を用意しよう」
ラウはそう言って2人を養護施設の客室に案内する。
「相変わらずこんなに広い場所を1人で管理するなんて……凄いわね、ラウ」
「そうか?魔塔を管理してるウィズの方が凄いと思うがなぁ……」
ウィズはそう言いながら辺りを目を輝かせながら観察し、ラウは茶を注ぎに台所へ向かう。
「……それで?アルト、今回ラウのところに来たのは"例の話"をするためでしょう?」
アルトはウィズのその言葉にビクッと肩を跳ねらせる。
「……はは、バレてたか」
「バレるも何も……そろそろだってことは総帥の様子を見て把握してたもの」
2人が話しているとラウが客室に戻ってきて、2人に茶を差し出す。
「……天空神の言っていた世界の崩壊が近付いてきた、ということか」
ラウは2人の様子から察し、そうポツリと呟くとアルトは小さく頷いた。
「今の俺は一般人と同等なうえに中立の立場として直接手を出すことは出来ない。だからお前達にはこの結末を阻止してほしいんだ」
アルトのその言葉に2人は目を見開く。
「そんなの無理に決まってるじゃない、だって貴方は以前に……」
「ああ、俺は確かに"どれだけ権能を使っても無理だ"と言った。だがそれは……世界を崩壊させる原因が"どの神の未来視をもってしても"分からないからだ」
「俺達も試したがその崩壊の瞬間だけは分からずじまいだった。だが分からないものをどうやって阻止すればいい?」
ラウはアルトにそう問い掛けると、アルトは少し悲しそうな表情をして呟いた。
「……その崩壊のトリガーが現れた瞬間に、止めるしかないんだ」
「っ……!!そんなこと出来るわけないじゃない!ただでさえあの馬鹿のせいで喰魂が生まれてから世界の生態系が脅かされてるのよ?いつそのトリガーが現れてもおかしくない状況なのが分かってるわけ!?」
ウィズはアルトの言葉に怒りを露わにするとラウは「この部屋が防音とはいえ落ち着いてくれ……」と宥める。
「……分かってる、分かってるんだ……だからこそ特定できそうなんだ、その崩壊のトリガーが」
「どういうことだ?」
アルトの言葉にラウは首を傾げる。アルトはゆっくり深呼吸したあと2人に告げる。
「未来視で見たことは全部スルーしろ。誰が死んでも、連れ去られても、絶望に叩きつけられても。全部が見た通りに動いた瞬間に、トリガーは現れる」
「逆に抗おうとしたら崩壊を早めてしまうかもしれない……ってこと?」
ウィズの言葉にアルトはこくりと頷く。ラウは不安そうにアルトに質問を投げかける。
「その未来で起きること全てが……俺やお前の何よりも大切な存在に降りかかる災いだったとしても、か?」
アルトはその質問に苦しそうに顔を歪ませながら、「ああ」と答えた。
「……俺はただ、息子が幸せに生きられる未来を望んでいるだけなんだ。その未来は、どんな手を使ってでも崩壊を止めることが最低条件になる……だからどうか、頼まれてくれ」
アルトはそう言って2人に頭を下げる。ラウとウィズは顔を見合わせ、縦に頷くしかなかった。
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