出所当日の朝。いつものように早めに起床したヘイルは身だしなみを整え、必要最低限の荷物をまとめる。
「……こことも、もうお別れか」
ヘイルはそうポツリと呟いて俯く。子供達から今まで放たれてきた数々の言葉達を忘れることも許すことも出来ないが、それでも嫌いにはなれなかった。僕にそう悪態をつけてしまうほどの経験をして来たことくらいは知ってるつもりだから。それに先生が気にかけてくれていたのだから、多少はこの場所にいたのも気が楽だったわけで。そう考えれば少しだけ、名残惜しい気もするのだ。
早く出発しようと荷物を持ち、部屋を出る。玄関まで進むと風雅が既に準備を整えて待っていた。
「おはよ〜ヘイル!早めに出るだろうなって思って俺も早起きしたんだよ」
風雅はそう言うとニッと笑う。ヘイルは少し口角を上げて「おはよう」と返すと風雅と合流する。
「おはよう。そして出所おめでとう、二人共」
その声と共に食堂の扉が開き、そこには2つの包みを持ったラウがいた。2人が挨拶を返すとラウは微笑み、包みを1つずつ手渡す。
「これは?」
「ここから鎮救熒の拠点まで暫くかかるだろ?途中で迎えが来るとは連絡が来てたけど……一応弁当は必要かなって思ってな」
ヘイルの問いにラウが頬をかきながらそう答えると、ヘイルは納得した様子で感謝の言葉を伝えつつ荷物を入れている鞄の中に包みを入れる。
「「先生、長い間お世話になりました」」
2人がそう言ってぺこりを頭を下げるとラウは少し寂しそうに微笑んだ。
「俺も君達と出会えてよかったよ。……っとそうだ、少し頼み事があるんだがいいか?」
ラウが思い出した様子でとある写真を懐から取り出し、2人に見せる。2人は首を傾げつつその写真を見ると、相当前に撮られたのかボロボロになっており、そこには夕焼けのような美しいグラデーションの髪をもつ美しい青年の姿があった。
「綺麗な人ですね」
そうヘイルが呟くとラウは嬉しそうにしながらも少し眉を下げて説明を始める。
「ああ、俺の息子なんだ。昔の写真だから姿が変わってるかもしれないがな。鎮救熒に所属しているのは知っているんだが、最近会えてないどころか手紙を出しても返事をくれなくてな……。もし彼を見つけたら、"会いに来てほしい"と伝えてほしいんだ」
息子がいるならこの人は何歳なのだろう、とヘイルの頭の中に疑問が浮かんだものの、鎮救熒にいるならいつかは会えるだろうと考え了承した。
「……気をつけて行ってくるんだぞ、2人とも」
「うん。行ってきます、先生」
「今度お土産持って遊びに行くね〜!」
2人はそう返すと先生に見送られながら養護施設を出る。
「せっかく遠距離の移動だからさ、色んな場所に寄りながら行かない?早めに出たから時間もあるし!」
「そうだね、僕今はアイス食べたい気分かも」
「じゃあ美味しそうなアイス売ってる場所を探しながら移動しよっか」
風雅とヘイルはそう話しながらエルティマ町の境界にある門を過ぎ、鎮救熒の拠点である巨塔を目指しながら進んでいく。
「ヘイルってさ、父親に出会ったらまず何したい?」
「え?」
風雅がふとヘイルにそう問い掛けるとヘイルは少し目を見開く。
「俺は親がいるって感覚が分からないからさ、ちょっと気になって」
「あぁ……僕はとりあえず今までどんな事があったか話すかな。それでお父さんの話も聞く」
ヘイルはそう答えると風雅は頷きながらそれを聞き、「いいね」と笑った。
話を終えたところでアイス屋が目に留まり、2人はそこに寄ることにした。
2人分の棒アイスを買って店の外のベンチに座って休憩をしていると、遠くから人の悲鳴が聞こえてきた。
「何だろう……喰魂かな」
「なら助けに行かないと」
風雅がそう呟くとヘイルはそう答えて急いでアイスを食べ、棒をごみ箱に捨てると悲鳴のした方へ走っていく。
「あっ、まってよヘイル!!」
風雅は慌てた様子でアイスを食べるとヘイルを追いかける。
ヘイルは右手に魔力を込めながら走り続けていると、女性が大きな爪を持つ喰魂に襲われている様子が目に入った。悲鳴をあげたのはこの女性なのだろう、左腕を怪我したらしく右手で抑えながら涙を流して震えていた。
「……っ!!!」
ヘイルは魔力を込めていた右手で女性の周りに氷の壁を展開し、左手では剣を生み出し喰魂に斬りかかる。
この世界の人間には魔法とは別に能力を持つ者がいる。ヘイルもその1人であり、能力は武器生成。自身の脳内で構築した武器を生み出せるのだ。しかしその生み出す武器は形はもちろん、性能や切れ味も全て考えながら生み出さなければならないうえに消費する魔力も多いため、一気に複数個作ることは無理だというデメリットがある。
ヘイルが生み出した剣は軽量でありながら切れ味よりも耐久力に重きを置いたもので、あくまで人助けのための武器だった。
「今のうちに早く避難して、安全なところまで逃げたら鎮救熒に通報するんだ!」
喰魂の大爪からの斬撃をヘイルは飛び退き、着地と同時に女性に向かってそう叫ぶと、女性は涙目ながらも頷き、逃げながら携帯端末を操作する。通報さえ出来たら鎮救熒が来て解決してくれるだろう。それまでの時間稼ぎをすればいい、とヘイルは喰魂を睨みつける。風雅はそのタイミングでヘイルに追いつき喰魂の攻撃によって切れたであろうパイプを手に取ると、そのパイプは一瞬で刃のように先が鋭くなった。
「相変わらずその能力便利だよね」
「ヘイルには敵わないよ〜」
風雅はあらゆる物を刃物に変える能力を持ち、パイプや髪紐、地面ですらも刃のように鋭く尖るという能力だ。ヘイルのように無から作り出す訳では無いものの、汎用性の高い能力なのは確かだ。
「俺が引きつけるからヘイルは死角に回ってくれる?」
風雅はヘイルにのみ聞こえる大きさでそう話すとヘイルは小さく頷く。そして同時に左右に分かれて走り出す。
風雅に目をつけた喰魂は風雅に手を伸ばす。その瞬間、風雅は屈んで喰魂の足下に手をつき刃を出現させると、そのままの体勢でパイプで伸ばされた手を受け止める。
「……っは、君かなり力強いね!一体何人喰ったのかな」
風雅はそう言いながらパイプを持つ手に力を込め、喰魂の手を跳ね除ける。喰魂が一瞬体勢を崩したのを見逃さず、風雅は前進し斬りかかる。喰魂が体勢を整えるために一歩下がろうとすると、背後から何かが貫く感覚がした。喰魂が痛みに顔を顰めながらも自身の腹部を見ると、そこには氷の棘が突き刺さっていた。
「……"爆ぜろ"」
ヘイルがいつの間にか喰魂の背後に立っており、氷の棘に触れながらそう呟くとその棘はパリンと音を立てて崩れ、喰魂の手足に刺さり動きを封じる。
ヘイルはふぅ、と溜息をつくと、喰魂を雷魔法で縛り終えた風雅が近付いた。
「流石ヘイル!魔力の扱いがほんとに上手くなったよね〜」
「先生に嫌ってほど教わってきたからね。それより……」
ヘイルがそう言いながら自身の背後を振り返ると、5人ほどだろうか、喰魂がこちらに向かってきていた。先に住民を避難させたのは正解だったと、ヘイルは喰魂達を睨みながらも考える。
「この数はさすがに俺達じゃ無理だね、鎮救熒が到着するまでもつかどうか……」
風雅はそう言って眉を顰める。段々と近付いてくる喰魂達と交戦するために2人が武器を握ると、その瞬間近くの建物の上から人影が2つ飛び出し、ヘイル達の目の前に着地した。
「やっぱりアドラスさんの言う通りだった、迎えに来て正解だったね」
「はぁ、本当なら今日はオフのはずなのに……早く仕事済ませてしまおう」
そこに居たのは黒髪に緑のインナーが特徴的な長身の青年と、青髪に白いインナーが入っており、手に本を持っている青年だった。
「君達が鎮救熒に入ってくるっていう新人達で間違いないか?」
黒髪の青年がそう言いながら微笑むと、2人は驚きつつも頷いた。
「じゃあ無事に送り届けないとね。ミグル、久しぶりの共闘だけどよろしくね」
「本っ当に世話の焼けるバディだよ全く……いいよ、シグラスの指示に従ってあげる」
シグラスと呼ばれた青年の言葉に、ミグルと呼ばれた青年は面倒そうに応える。ミグルがシグラスの肩に手を置き、魔力を込めるとシグラスの髪がさらさらと靡く。
「早く済ませてね。無理はするなって言われてるだろうし」
「勿論、任せておくれ」
シグラスはそう言ってニッと笑うと一歩後ろに下がる。そして前進を始めた瞬間には敵の懐に入り込んでいた。
「これならオレ一人でも大丈夫そうだ……な!!」
シグラスは右手で剣を抜き、シグラスを掴もうとする喰魂の右腕を切り落とす。さらに左手で拳銃を取り出し肩を撃ち抜くと喰魂は痙攣し始め、地面に突っ伏してしまう。その動きを繰り返して喰魂を制圧するシグラスの姿を見て、ヘイル達は驚きを隠しきれない様子だった。
「彼奴の能力は瞬間移動で僕は仲間の能力強化。このくらいの敵ならシグラス1人でも何とかなっちゃうんだよね」
ミグルは2人にそう説明しながら、瓦礫の上に座って平然と読書をしていた。
「これが鎮救熒の戦闘員……」
風雅はそう呟いて目を輝かせながらシグラスの動きを見つめる。ヘイルはただ静かにその様子を眺めていた。
ここまで敵に対応するのにどれだけの時間をかけたのか、どれだけ能力を鍛えてきたのか。ヘイルは鎮救熒になることを望んで現在まで鍛えてきたからこそ、気になって仕方がなかった。
いつの間に喰魂を全員拘束し終えたシグラスは、ヘイル達の方に戻ってくる。
「迎えが遅くなって申し訳ない。そして住民の避難、そして喰魂の拘束に貢献してくれてありがとう」
シグラスはそう言ってぺこりと礼をし、満面の笑みを見せると、さらに言葉を続ける。
「紹介が遅れたな、オレの名前はシグラス。こっちはミグル。今回、君達の迎えとして派遣された鎮救熒の戦闘員だ」
ミグルはその言葉を聞いて溜息をつきながら本を閉じ、ヘイル達を見る。
「ここから鎮救熒の拠点までは遠いけど、ちゃんと責任もって送るから」
「よろしくお願いします。僕はヘイル、それでこっちは……」
「風雅です!よろしくお願いします!!」
ミグルの言葉にヘイルと風雅は紹介も含めてそう答えた。
「そういえば……この捕まえた喰魂はどうするんですか?」
ヘイルがそう問いかけると、シグラスは変わらず笑顔で
「オレ達はあくまで悪の喰魂の制圧や討伐だからね、専門の人達が回収しに来てくれるんだ」
と答えてくれた。シグラスが携帯端末を操作して誰かと話す様子を見せたあと、端末を懐にしまってヘイル達に話しかける。
「そろそろ行こうか、鎮救熒の拠点に」
一方、養護施設。
電気のついていない、日光だけが周囲を照らし、外からは子供達が遊んでいる声が聞こえる自室の中で、ラウはどこかやるせない表情をしていた。
「……本当に、こうするしか無かったのか?この道しか、無かったのか?」
そう呟いたラウは崩れ落ち、瞳は美しく輝きを放つ。顔を手で覆うもののその指の隙間から光は漏れ、溢れる涙とともに零れていく。
「これが運命だというのなら、なんて非情なんだ。どれだけ権能を使っても無理だと君は言った、だが何とかしたくて足掻いてみても何一つ未来は変わる様子すらない。なあ、アルト……俺は……」
ラウは嘆きながら顔を上げ、窓の外に映る自身の心とは真逆の晴れ渡る空を見つめる。絶望に満ちた瞳で、助けを求めるように。
「2人の運命が絶望に向かっていることが分かっているのに、何もしてやれないのか?」
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