かつて存在した破滅の国フォキルティムには、月野木家という国内では有名な一家がいた。
その月野木家からは代々、月の使者となる者が現れていた。月に愛され、月の加護を受ける一家だと羨ましがられ、恐れられていた。
しかし、あまりにも突然に月野木家は崩壊した。
犯人は自首してきたため、すぐに判明した。顔を隠し無表情のままただ一言、「僕が全員殺しました」と話したその男。
……それは月野木家の最後の一人となり、次期当主であった月野木 煌だった。
煌自身、殺したかったわけでもなければ平穏に暮らせればそれでいいと思っていた。
しかし月がこちらに微笑まなかったから、一家を捨てたからと母達は狂い、選んでもらうための生贄と称して無辜の民の殺戮を繰り返した。それを煌は止めただけ。未来の犠牲者を減らすために行っただけのあまりにも優しすぎる、自己犠牲が過ぎる人だっただけなのだ。
「……そんなお前が、今や破滅の権化に仕えているとは皮肉な話だな」
東国の夜空を眺め、目を細めながら元破滅神のキルテは話す。隣で同様に夜空を眺める煌は、その言葉にふふっと笑いキルテの方を見る。
「元はと言えばキルテ様が助けてくれたからじゃないですか。それに破滅を司っているのに1番破滅から縁遠い性格をしている貴方に、仕えたいと思ったからここに居るだけですよ」
その言葉にキルテは少し目を見開いたあと、少し哀しげな表情を浮かべながら煌の方を見る。
「……煌」
「なんでしょう」
キルテは黒と赤で統一された、手に収まるほどの小さなケースを煌に手渡し、話し始める。
「お前には暫く、俺から離れた場所で過ごしてもらわなければならない」
「……例の計画のため、ですか」
煌の質問に対してキルテは小さく頷く。そしてキルテは提案をする。
「俺は奴に存在を知られないよう姿を隠さないといけない。その間、お前には鎮救熒の方にいてほしい」
「鎮救熒……ですか。リヒルスキアさん達が居るところでしたよね?」
「ああ。彼処ならお前を知る者は何人かいるから……多少は気が楽だと思う。嫌だったら無理強いはしない」
キルテは困ったように頬をかきながらそう呟く。煌はそれをみて困ったように笑いながら「大丈夫ですよ」と言いケースを軽く握る。
「僕のことを気にかけての提案なんでしょう?キルテ様の提案ならば受け入れますよ。貴方は僕の主であり、1番の理解者ですから」
その言葉に安心したのかキルテはほっと溜息をつく。
「……ありがとう。そのケースに入ってるカプセルは……必要に応じて使ってくれ。それが無くなった頃に、迎えに行く」
「分かりました。計画が無事に遂行されることを願っています、キルテ様」
煌がそう言いながら跪くと、キルテは「また会おう」と頭に軽く手を置いたあとゆっくりと去っていく。まるで少し名残惜しいかのように。そんな様子を背中で感じながら煌は「心配屋だなぁ、僕の主は」なんて思いながらくすっと笑う。
カプセルの量は25錠。一年に1錠の、延命装置。
「意外と長いんだよね、25年……」
煌はそう呟きながら顔を上げる。先程まで満点の星空だったそれは、雲で全て隠されてしまっていた。
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