邂逅

デュアルヴェインが母……アーデスの死を悟ってから暫く経過し、人間と契約したオブルークが行方不明になった時期のある日のこと。

デュアルヴェインは悩んでいた。その内容は彼女が自身を分身としてこの世に生み出した時、命じた言葉に関することだった。

『その為には崩壊を招く原因が……黒幕が貴方に接触するのを避けなければならないの。だから貴方には万物を退ける"城"を作り、然るべき時まで生き抜いてほしいのよ。』

接触を避ける……それは未来視で彼女が見た運命の全てを聞かされても、力の半減した分身であるデュアルヴェインにとって簡単なことでは無いだろう。

「……運命に対抗する策、か」

デュアルヴェインはそう呟いて深夜の暗い森の中を歩く。黒幕の動きやそのうち起こるであろう障害は全て把握している。しかし誰を信頼すべきか、協力を仰ぐべきなのかは何一つ知らされていなかった。それでも自分なりにより良い方へ運命が向かうよう仲間を集め、情報を守り抜いてきた。

それでも運命が変わる気配は無く、むしろ予測された通りに順調に進みすぎている気さえしていた。ここまでくれば最悪の結果への対抗策を考える方がマシかもしれない。

デュアルヴェインが溜息をつき、ふと前方を見ると、深夜にも関わらず1人の青年がデュアルヴェインの前を歩いているのが見えた。

何故こんな時間に人間が?人間や喰魂(ソウルイート)にしては、あまりにも気配が薄すぎる……と考えながらデュアルヴェインは青年の方を凝視する。すると視線に気付いたのか振り返った青年は、デュアルヴェインに話しかける。

「やぁ、君が大地神の分身だね?」

青年の言葉にデュアルヴェインは目を見開いた。何故此奴はその事を知っている?何故母なる者のことを知っている??

「……貴様は、何者だ」

デュアルヴェインは動揺を隠しながらそう質問した。青年は口角を上げ、手を美しい所作で口元にもっていく。

「私はルリエン、元始祖神で縁神だよ。君の母から私のことは聞いていなかったかい?」

ルリエン。その名前はデュアルヴェインでも聞いたことがあった。母なる者が"妖しく、恐ろしく、美しい"と話していた男だ。縁を司り、世界のあらゆる運命を結びつけ、もしくは切り捨てることが出来る、誰もが敵に回したくないであろう存在。

「母なる者から名は聞いている。縁神が我に何の用だ」

デュアルヴェインは母からの使命を遂行するためにも警戒を怠らない。ルリエンは満面の笑みで無害であることを主張するかのように両手を挙げて答える。

「あらら、もしかして警戒してる?大丈夫だよ、私は君に協力したくて探しに来たんだ」

「……協力だと?」

ルリエンの言葉にデュアルヴェインは耳を疑う。予想通りだったのか、ルリエンは眉を下げながらくすくすと笑い、話を続ける。

「私も黒幕を追ってる身なんだよ、どこぞの創造神サマに頼まれててね。私はアーデスのように未来は視えないけど、万象を見抜く真実眼は持ってるよ」

「真実眼……それがあるのならば我と協力する必要はないのでは無いか?」

「君と協力すると得することが多いんだよ。勿論すぐに決めろとは言わないから、仲間とよく相談するといい」

ルリエンはそう話した後、「仲間が迎えにきたみたいだよ」と懐から煙管を取り出してデュアルヴェインの後方を指す。デュアルヴェインが後ろを見るとヘレシウスがこちらに向かってきていた。

「まぁ、決まったら用件を念じながら私の名を呼んでくれ。私は縁の糸を辿り、どこにでも現れるから。それともう1つ……」

ルリエンは煙管を吹かし、煙と共に消えていく体でデュアルヴェインに近付き、耳元で囁く。

「君の考えている"最悪の結果への対抗策"は、極力やめるべきだ。君の命がかかっているうえに欠陥だらけだからね。やるにしても血と魔力の入れ替える時期は見計らうことだ、現時点の唯一の策であろうその計画が水の泡になるよ」

「……っ!貴様、一体どこまで……」

デュアルヴェインがルリエンを見ようとした瞬間には、既に彼はその場にいなかった。

「……真実眼とは、恐ろしいものだな」

デュアルヴェインが眉をしかめて拳を握ると、ヘレシウスが相手がいなくなったのを確認したのか駆け寄ってきた。

「おい主、さっきの相手は……」

「……問題ない、敵ではなかったようだ」

ヘレシウスの質問に平静を装いながら答えると、「戻るぞ」と呟き拠点の方へ歩き出す。

縁神と協力するべきか否か。この選択が運命を左右してしまうかもしれない事実が、慎重に事を進めるデュアルヴェインの判断を渋らせる。彼に初対面で対抗策の内容まで見透かされたうえに、それに欠陥があるとまで告げられたのだ。

もう一度、考え直さなければならない。より良く欠陥のない、黒幕を欺く計画を。

「ヘレシウス。拠点に戻り次第、会議の準備を頼む」

「……!ああ、分かった」

ヘレシウスはデュアルヴェインの突然の言葉に一瞬目を見開きつつも、こくりと頷いた。

 

黒幕に勝たなければならない。止めねばならない。その為ならば、手札は多ければ多い方がいいだろう……しかし。

「我は……貴様をまだ信用できぬのだ、縁神」

それは隣に立つヘレシウスにも聞こえぬほど小さく、微かに怒りのこもった声だった。