どうしても守りたかったもの

「はぁっ……はぁっ……」

夜の森の中、少年を抱えて走る青年の姿があった。

「はやく……はやく連れ出さないと……」

息を切らしながらもそう呟く青年……グラミアは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「グラミアさん、お母さんは一緒じゃないの?」

少年はグラミアの腕の中でそう問いかける。グラミアは一瞬足が止まり、言葉を詰まらせる。

「……××××は、後で来るって。君だけでも先に連れて行ってって言われたんだ」

「……?そっか」

声の震えを抑えながらグラミアが引き攣った笑顔でそう告げると、少年は首を傾げつつも頷いた。

 

……言えるわけがなかった。

彼の母は……自身の妹である××××は、喰魂(ソウルイート)に喰われてしまったなんてことは。

北国の組織……ネヴロイドとの抗争に2人を巻き込まないように気を付けていたはずだった。特に妹は戦闘とはかけ離れた生活をしていたうえに、自身が組織の首領であることも……手を汚し続けていることも告げてはいなかった。

妹の息子である少年には自身の正体を明かしてはいたが、同じ道を辿らないように注意していたはずだった。

抗争に一般人である妹が巻き込まれた。それは首領としても、兄としても看過できることでは無い。

 

家に帰る道中、街中で喰魂(ソウルイート)に襲われ身体を食い尽くされ、魂を目の前で捕食された私の妹。もう生き返ることはない。あの笑顔を見せてくれることもない。

だけど、この子だけは……息子だけは、彼女の生きた証なのだ。

……なんとしてでも、守らなければならなかった。

 

「……ここまできたら大丈夫かな」

森の出口に近付いた辺りでグラミアは歩みを止める。そして少年を地面におろし、目線を合わせるように腰を下ろす。

「いいかい、私は今からお母さんを迎えに行ってくるから、この先にある写真の建物まで行って待っててくれるかな?」

グラミアはそう言って建物の写真を少年に手渡した。

「分かった。……早く帰ってきてね、グラミアさん」

少年は写真を受け取り、少し寂しそうにグラミアを見つめる。グラミアはその表情を見て優しく抱きしめる。

「……うん、××××を連れて戻ってくるからね。約束だ」

抱きしめながら、その言葉が叶えられないことに静かに怒りと絶望を抱き、涙が零れた。

 

少年が森の外に出るのを見守ってから踵を返して進み始めた。

「……きっと、寂しい思いをさせてしまうね。あの子の元には戻れない。××××を連れて帰ることも出来ない……はは、大嘘つきだな、私は」

戻ってすることは1つ。抗争を終わらせ、妹の仇を討つこと。

 

「約束、守れなくてごめんね。ブラン」

どうか、彼一人だけでも、何にも巻き込まれず幸せに生きてほしかった。

 

どうしても守りたかったもの、私の大事な家族。

 

グラミアは走り出す。1秒でも早く、抗争を終わらせるために。

今すぐにでも、復讐を遂げるために。

 

 

 

その後、グラミアは森の外に出て復讐を果たし、抗争を終わらせるべく奔走した。

さらに数日後、ネヴロイドの撤退と同時に妹の仇を討った。しかし喰魂(ソウルイート)の死体を見下ろした際、先程まで怒りに満ちた表情をしていたはずが、突然全てを失ったように無表情になった。

そして自身が見下ろしていた死体を蹴り、全てを失ったかのように虚ろな目をしてポツリと呟いた。

 

「……私は、誰の仇を討とうとしてたんだろう」