リヒルスキア 1話

__罪業-6343年。

建国されたばかりの13国の1つ……知恵の国ソピアティアに、1人の少年が生まれた。

ソピアティアは建国者たる知恵神の意向により人間のみの手で国家が設立された国である。しかし国王が定めた法律により"知恵"によって貧富の差が出来る国に成り果てていた。中央に聳える城や高貴な見た目の建造物に比べ、外側にいけばいくほど荒廃していく光景はソピアティアならでは、とも言えるだろう。

そんな国の、貧民の子として生まれた少年の名はリヒルスキア。母親譲りの黒に、赤くグラデーションのかかった綺麗な髪とルビーのように赤い瞳を持つ子供だった。

彼は父親を知らない。親からの愛情も知らない。リヒルスキアの母親は養えないからと、今の寿命で換算するなら10歳になるであろう時期で彼を手放した。そして父親は産んだ母親本人ですら分からない。彼女は娼婦だったからだ。知識のない者が淘汰されるこの国では、法を破ってでも、どんな手を使ってでも金を得なければ生きていけなかった。

だから捨てられた……いや、売り出された。


「憐れみで買い取ったはいいものの娼婦の息子はなぁ……おいガキ、俺は子供だからといって容赦はしねぇからな。」

リヒルスキアを買い取った商人はそう言ってリヒルスキアに首輪をつける。リヒルスキアは小さく頷き、彼について行く。商人の後ろを歩きながらリヒルスキアはただひたすらに商人の動きを見ていた。歩き方の癖、話す時の鼻をかく動作、煙草を吸う間隔、その全てを。

何故か?リヒルスキアは幼いながらも分かっていたのだ。自分の立場とこれから進むことになるであろう未来を。そして今己が何を理解し、どう動けばより良い結果になるかを。


それから長い間、彼は商人の元で休む間もなく働き、毎日売り物として出されながらも立派に育っていった。それでも、彼を商人から買い取る者は現れなかった。

「はぁ、いつまで経っても売れねぇなぁ……ただでさえ此奴よりも使いもんにならねぇ奴隷がいるってのに」

商人は煙草を吸いながら溜息をつく。リヒルスキアは商人にこんな質問をした。

「奴隷を買い取る金額は1人あたりいくらになるんだ」

それを聞いた商人は面倒くさそうに顔を歪め、煙草を床に落として踏み潰しながら答える。

「本来買い取った額の10倍だ。お前なら金貨10枚……10万ルリエだな」

ルリエとはこの世界での通貨の単位だ。1万ルリエが金貨1枚に該当する。そして金貨10枚は、一般国民の半年分の給料に該当すると言われている。

「……思ったより良い価値が付けられてるんだな」

「そりゃそうだ、若くて肉体労働ができる男ってのは使い勝手がいいから価値が高いんだ」

リヒルスキアは考えた。10万ルリエを己の力で稼げば自由を得られるのではないか、と。

「なあ主人、その額を俺が稼いでくれば自由にさせてくれるのか?」

そのリヒルスキアの言葉に商人は呆れたように笑った。

「ははっ、ガキのくせにおもしれぇこと言うじゃねえか。出来るもんならやってみろ。なんならお前はしっかり働いてくれてるからな、特別に稼いでくる為の自由時間を与えてやってもいいぜ」

商人のその言葉に、予想外だったのかリヒルスキアは目を丸くする。

「……ほんとか?」

「俺は嘘だけはつかねぇよ。実際お前の働きのおかげで利益を得てる部分もあるからな、俺の所有してる奴隷の1人や2人使ってでも稼いでみろ。期待してるぜ?クソガキ」

商人はリヒルスキアの頭を掴み、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。彼の言動からは微かに優しさが感じられた。

「……勿論、主人の期待に応えてみせるさ」

リヒルスキアが強気に放った言葉に、商人は満足そうに「ふん」と鼻を鳴らしまた煙草を吸いはじめたのだった。


「……さて、折角なら主人の奴隷の様子でもみながらどうするか考えるか」

リヒルスキアはそう言って奴隷たちのいる地下へと進んでいく。

地下は比較的清潔に保たれており、他の場所と比べて快適な環境になっていると感じられる。いつも『キズモノになったら売りもんにならねぇ』という主人らしい、貧民からしたら楽園のような場所だ。地下を歩いていると、奥の部屋に今まで見たことの無い女性がいた。紺色の長い髪が床に届いており、呼吸と同時に微かに揺れているその髪は、まるで枝垂れ桜のようだった。昨日にでも連れてきたのだろうかと考えながら女性に近付く。

「……あら、貴方は他の人達と違って自由に行動ができるのね」

リヒルスキアが女性の顔を確認できるほどの距離まで近付いていった瞬間、女性から言葉が発せられる。

「……まぁ、それなりに自由にさせてもらってる。首輪はつけっぱなしだけどな」

リヒルスキアはそう言ってへらりと笑いながら首輪に手をかけぐいっと引っ張り主張する。それを見て女性は少し目を見開いたあと、ふふっと笑った。

「貴方面白いわね。奴隷なはずなのに楽しそう……貴方だけじゃない、此処にいる奴隷は皆……」

女性は他の奴隷達を見てどこか安心したかのように目を細めた。

「そりゃそうだろ、ここの主人は他の商人とは違って非人道的なことはしない。むしろ保護の為に引き取ってるくらいだ……まぁ、それを知ったのは最近のことだがな。本人が素直じゃないし」

リヒルスキアは主人の顔を思い浮かべてか、呆れたように笑った。

「それで……貴方はどうしてここに?昨日は見かけなかったし、此処で寝てる訳じゃないんでしょ?」

女性のその問いにリヒルスキアは本題を思い出し、はっとする。

「そうだった、実は手助けしてくれる人を探しててな」

「手助け?」

リヒルスキアの答えに女性は首を傾げる。

「ああ、主人から許可もらったから金儲けをしたくてな。成功すれば自分で自分を買い取って自由に暮らせるってわけだ」

言うほど簡単なことでは無いことも、解放されて自由になったところで生活が楽では無いこともリヒルスキアは分かって言っているのだろう。だが、リヒルスキアには自由にならないと叶えられない願いがあった。誰にも言えない、ささやかな願い。

「……じゃあ、私が手伝うわ」

女性はそう言って立ち上がる。立ってもなお床に届きそうな髪を揺らしながらリヒルスキアに近付く。

「……いいのか?」

「ええ、楽しそうだもの」

リヒルスキアは思ったより単純な回答を聞いて目を見開く。そして眉を下げて微笑む。

「分かった、それじゃあ手助けしてもらうとしよう。着いてきてくれ」

リヒルスキアはそう言って地上へと向かう。女性はその後ろについて行く。

「主人、彼女を借りてもいいか」

リヒルスキアは地上に戻り、煙草を吸っている主人に話しかける。

「あ?昨日連れて帰った奴じゃねえか。教育ついでに好きに使えばいい」

主人は振り返って女性を一目見るとまた体勢を戻し煙草を吸い始めた。相変わらずだな、とリヒルスキアは乾いた笑いを零したあと、スイッチを切り替えるように一瞬で真顔になる。

「……さて、始めるか。」

リヒルスキアは最低限の荷物を持って、敷地の外に出ていく。女性は焦った様子で主人とリヒルスキアを交互に見て、リヒルスキアについて行くために走っていく。

「そういえばお前、名前は?」

リヒルスキアはぐんぐん進みながら女性に名前を聞く。女性は少し間を開けて答える。

「……エス。貴方は?」

「リヒルスキア。リヒルでいい」

女性……エスが聞き返すと、リヒルスキアは淡々と答えた。

「どこに向かってるの?」

「すぐ分かるさ」

暫くしてリヒルスキアが歩みを止めると、その先には未開拓なのか、入口が岩で塞がりかけている洞窟があった。

「こんな場所があるなんて……でもここに来て何を__」

エスは驚いた様子で洞窟を見つめて疑問を浮かべていると、リヒルスキアは入口を塞いでいる岩に手を翳す。

「……"破壊しろ"」

リヒルスキアがそう唱えた瞬間、岩が目の前で爆発し、入口が人が余裕で入れるほどまで広がった。

「い、今のって……」

「ああ、"魔法"だ」

魔法。この時代の人間達はこのような魔力を使った物質の生成を、魔法と呼んでいなかった。強ければ強いほど良いとされていた"それ"は、能力で賄える面もあったため実用する者はほとんどいなかったのだ。

「魔法……?これらには用語なんてついてなかったと思うのだけど……」

案の定、エスは困惑している。リヒルスキアは手を下ろすと振り返り、エスの方を見る。

「"魔"力を利用し、生活を豊かにする方"法"を取得するもの……だから俺はこれを魔法と呼んでいるんだ」

エスはその言葉に目を見開いた。その目は微かに輝いているようにも見えた。

「素敵ね!でもそれって一般的に知られてないよね、独学なの?」

「勿論、毎日やることを終わらせた後こっそり模索してたんだ。能力を持たない者でも魔力を有効活用出来る方法をな。」

リヒルスキアは自身が先程魔法を放った掌を見つめ、目を閉じる。

「魔法と呼ばれるもの自体は昔にもあったのは知ってたが、これを極めた者は誰一人としていなかった。それは何故か?能力と違って威力の調整を失敗しやすいからじゃないかと、俺は考えたんだ」

目を開くと、洞窟へと進みはじめる。

「確かに、さっき貴方が見せたような魔法?は今まで見たことがなかったわね」

「神様は魔法の基本くらいは分かってるんだろうけどな、そこは敢えて人間の頭で考えろって事なんだろうさ」

洞窟の奥へと進んでいくと、ぽた、ぽたと水音が聞こえ始めた。

「予想的中だな」

たどり着いた場所には遥か天井から一筋の光が差している、美しく大きな水たまりがあった。

「綺麗……」

エスがその光景に見惚れていると、リヒルスキアは水たまりに片手を浸ける。

「……間違いない、此処の水は魔力が入ってる。これなら問題なく進められるだろう」

「魔力が入った水……何をするつもり?」

「研究だ」

リヒルスキアはそう言うと主人の元から持ってきたベルトで固く閉じられている本を取り出す。そのベルトを解き本を開くと、頁に手を軽く添わせ水溜まりの方に手を伸ばす。すると水たまりの水が一部、球の形になり浮かび上がる。

「……よし、この後は__」

リヒルスキアが手を少し上げようとすると、球は一気に形を失い、水たまりへと落ちていく。

「……チッ、まだ足りないか」

リヒルスキアは悔しそうにはを食いしばると、エスの方を見る。

「エス、お前魔力は使えるのか?」

「い、一応使えるけど……」

エスは終始困惑している様子で答える。

「お前から感じる魔力が他の人達と明らかに違った。だからこそ聞きたいが……何か気付いたことはあるか?」

リヒルスキアは目を細めてエスを見つめる。エスは少し恥ずかしいのか目を逸らす。

「そうね……細かい動きをするには、魔力の調整をいかに簡単にするかが大事なんじゃない?」

エスは水たまりの近くにしゃがみ、水に触れたあと、何かあったのか手をばっと引っ込めた。

「……どうした?」

「な、なんでもないわ!思ったより冷たかったからびっくりしちゃって」

リヒルスキアが疑問に思うとエスは焦った様子でへらっと笑った。リヒルスキアは気にすることでもないか……とすぐに切り替え、水たまりの傍に座り、思考を巡らせることにした。



数時間後。

エスは眠くなってきたのかうとうとしながらもリヒルスキアの様子を見ていた。リヒルスキアはあれから、ぶつぶつと何かを呟いては水を浮かせ、失敗するのを繰り返していた。

「そろそろ何かが掴める気がするんだが……ん?」

リヒルスキアは片手で軽く握れるほどの石を見つけ、手に取る。

「やってみるか……」

リヒルスキアは石を握り、目を閉じる。魔力回路を感知し、魔力を巡らせ、石に魔力を乗せていく。すると石が徐々に砂と化し、こぼれ落ちていく。

相変わらずすごいな、と考えながらエスはそれをぼーっと眺めていると、リヒルスキアは閃いた様子で突然立ち上がった。エスはそれに驚いた様子でびくっと体を跳ねさせ、目を見開く。

「ど、どうしたの?」

エスがそう問いかけると、リヒルスキアは今まで見た事のないような笑顔で答える。

「見つけたぞ、魔力の調整の仕方をな」

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コメント: 1
  • #1

    リヒルさま推しのモブ (火曜日, 02 4月 2024 01:27)

    推しの過去編〜...!�最高ですありがとうございます...推しについて知れてまずは感激感銘涙涙...という感じで...��リヒルさま最初は奴隷の身だったんですね...でも主人が優しい方でよかった...主人の人柄も好きです�この頃からリヒルさまの知能の高さというか...頭の良さが窺えますね...大好きです...魔力の調整方法を見つけて笑顔になるリヒルさま最高に可愛くてにっこりしました☺️続きも楽しみにしてます...!!!!!