僕達を育ててくれた人……ラウ先生がいつも、耳にタコができるほど話してくれる遥か昔の物語がある。
この世界は、世界の外に存在し、世界を照らす実体のない概念体…太陽と月の魔力によって生まれた核に支えられている世界だと言われている。そして核だけだった世界を今の状態まで開拓した、神と呼ばれる存在がいた。
その中でも始祖と呼ばれた神は13柱。創造神、破滅神、時神、天空神、大地神、魔力神、知恵神、物理神、縁神、生神、死神、忘却神……そして罪神。彼らがかつて核しか無かった今の世界の天空、大地、海、生命、魔力、さらに死と罪を創った。そして国を築き、人間を導き、共存していた。
これだけならばごく普通の、ありきたりな神話の始まりだと思うだろう。ラウ先生はいつも、この話をする度にこの言葉だけは力強く発していた。
「神は万能じゃないし、穢れのない美しい存在でもない。神々の最大の過ちは、人間の天敵を作ってしまったことだ。」
何故この世界から神が居なくなったのか。それは始祖神の1柱…忘却神が犯した大罪と、人間への怒りが原因だった。詳しい内容は物語の中には載っていないらしく、教えてもらえなかったけれど。
神はとある存在を作り出した。生物の核である魂を喰らう存在……"喰魂"を。
人間と似た姿をし、普通の生活を送っている者が多いため、魂を喰らわずとも生きていけるとされている存在。しかし、魂を喰らうことで得られる圧倒的強さの前では、欲求に抗えない者もいるだろう。
そんな喰魂は善か、悪かの2種類に分けられる。
善は魂を決して喰らわず、人間と共存しようとする者。悪は魂を食らい、人間を食糧として扱う者。
神々はそんな存在を作り、自らの意思で神の座を降りた。そして神はそれぞれ人間か、もしくは喰魂として姿を変え、今も人間達に紛れて生活しているらしい。
この話をラウ先生が話し終えると同時に、いつも僕は思考の殻の中からすぅっと現実に引き戻される。
「だから、一歩外に出たら喰魂にだけは気を付けるんだ。いいね?ヘイル、風雅。」
ラウ先生は僕と僕の親友……風雅の頭を撫でながら忠告する。
「うん、分かったよ先生。」
僕は毎度その忠告を受け入れていたけれど、喰魂に会ったことすらなかった僕には、まるで架空の存在に思えて仕方がなかった。
「なんかこの話を聞く度に喰魂ってどんなのか気になっちゃうな〜……善の喰魂になら会ってみたいかも。」
風雅はそう言って彼らがどんな姿か想像しているのか、聞こえないくらいの声で呟いてからにへっと笑った。
「あと少しでヘイルが20歳になるから、規約通りに2人は此処を出ていくことになってしまうが……頼むから危険な真似はしないでくれよ?」
ラウ先生はそう言って眉を下げて困ったような顔をして微笑む。
僕達がいる場所は国公認の養護施設。孤児の保護は勿論、事情があって育てられない親達が子供を預けていく場所でもある。国から認められた施設ではあるもののそこまで広いわけでも無く、世話をする先生はラウ先生一人だけだった。18歳から働けるけれど、20歳になるまでは施設内で暮らすことが許されている。僕と風雅の場合は、とある組織に所属するために18歳になってからはラウ先生からとある指導を受けていた。今この時間もその指導の休憩時間だ。
「鎮救熒……そこに行けば、お父さんにも会えるんだ。残り数日、もっと頑張らないと」
鎮救熒。悪の喰魂を倒したり、最先端の技術を使った研究を行ったりして国民を守ることを目的とした、能力者で構成された軍事組織。そこに僕のお父さんは所属しているのだと本人から毎日のように送られてくる手紙で知った。だからどんな組織なのか知りたかった。ただ、純粋な好奇心だ。
「……さて、そろそろ再開しようか。これが終わったらご飯にしよう」
「「は〜い」」
ラウ先生の言葉に僕達は返事をして後ろをついて行く。あと少しで訪れる新たな日々に期待を膨らませながら指導を受けるために武器を持つ。
……この時の僕は、この選択が復讐の……絶望の始まりになるなんて思いもしなかったんだ。
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