小国フレミア。とある大規模戦争により主要国が5国にまとまった際に主要国の平和条約の証として、どの国にも属さず、絶対的な平和が約束された残された9つの小国のひとつ。
その小国9国のうち8国は罪咎1754年の"西国喰魂侵攻"を皮切りに、喰魂夜行の侵攻により滅亡した。そして最後に残された唯一の小国がフレミアだった。
そして時は罪咎2121年。
クラミツハは小国フレミアに唯一存在している孤児院に居た。生まれつき魔力が身体の許容量よりも多くあったために、物心ついた頃に両親が育てられないからと捨てたのだ。5歳離れた実兄はクラミツハが心配で両親の元を離れ、貧しい思いをしながらも2人なら怖くないと共に過ごしていた。しかしクラミツハが孤児院に拾われる数ヶ月前に見知らぬ人に連れ去られてしまったため、兄の居場所は未だに分からないままなのだ。
そんな出生を持つ彼のいる孤児院は国王により直接金銭の支援を受けている大きな孤児院で、ここでは毎年1人の孤児のみに、城に仕えられる権利を与えられていた。
当時クラミツハは9歳。クラミツハは城に仕える権利を得るため、毎日孤児院内で学習と戦闘訓練を欠かさなかった。
その理由は2つ。1つは3年ほど前から定期的に孤児院の様子を見に来る名前すら明かされていない、自身よりひとつ上の王子のもとに仕えたいと思ったから。初めて彼が孤児院に現れた時の、幼い姿を真っ黒なローブで覆い隠しながらも威厳のある王子の瞳が忘れられなかったのだ。ふと目が合った瞬間に、「この人に仕えたい」と思うほどの存在感があったのだ。
そしてもう1つは、あの日連れ去られた大切な唯一の実兄を見つけ出す為だった。
今年の選抜会は明日。今回は初めて王子が直接選抜を行うらしい。クラミツハは今回の選抜があの王子のもとに仕えることができる、一番の好機になると確信していた。それと同時に今までローブで隠されていた王子がどのような姿をしているのか、気になって仕方がなかった。
翌日。
孤児院内では普段より早く朝食を終え、すぐに王子を迎える準備に取り掛かった。準備を進める子供達の姿は、初めて見る王子の素顔に対する好奇心に満ちていて例年以上に張りきっているように見えた。
「王子がお見えになったわ!みんな整列して!!」
先生の号令と共に子供達は慌てた様子で王子を迎えるため、2列に通路を挟むようにして並ぶ。
「楽にしてください、僕はそれほど大層な存在ではありませんから。」
孤児院の外には豪華な装飾が施された馬車が停まっていた。レッドカーペットが入口までまっすぐ敷かれ、騎士数名と共に孤児院内に入ってきた容姿端麗の赤髪の王子は、大地を照らす真夏の太陽のように眩しく見えた。
「わざわざ足を運んでいただき感謝します、王子。」
先生は王子に対して跪くと、「顔をあげてください」と王子は微笑みかけ、言葉を続ける。
「今回の選抜で選んだ方は今までの方々とは違う仕事を任せたいので、少し彼らと交流してみてもよろしいですか?」
「ええ、王子のお望みであれば。」
王子の要求に先生は即答し、最敬礼をしたあと隅に移動する。
王子は1人の騎士から模擬戦用の槍を受け取ると振り返り、子供達の方を見る。
「僕と勝負をし、僕に一撃を与えてみせてください。それが城に仕える権利を受け取る条件です。」
王子が小さく手を挙げると、騎士達が様々な武器を持ってきた。子供達は動揺している様子だった。
「好きな武器で挑んでもらって構いません。もちろん、複数人でも。今回は僕に一撃さえ与えれば何人でも採用するつもりですから遠慮せずに来てください。」
子供達は恐る恐る武器を拾っていく。クラミツハは悩んだ末に、戦闘訓練で使い慣れていた短剣を手に取った。
子供達はチームを組み始め、まとめて王子に襲いかかる。しかし、怪我を負わせるのを恐れてか力の入っていない攻撃達を王子は華麗に躱し、軽い力で子供達の手を叩き、武器を落としていく。
(この王子……動きに無駄がないな)
クラミツハはその光景をじっと観察をした。どうしたら王子に一撃を与えられるのか、どうしたらあの無駄のない攻撃を躱せるのか。
「………やってみるか」
必死に攻撃を続けていた子供達は諦めたように倒れ込み、立っている子供が残りクラミツハ一人になった。その瞬間を待っていたかのように、クラミツハは王子に近付いた。
「……1対1になるのを待っていたんですね」
「ああ、俺は自力でチャンスを掴みたいんだ。複数で1人を倒そうなんてのは、実践じゃ上手くいかないし」
クラミツハは短剣を構え、王子目掛けて駆け出す。狙うは首…確実に仕留められる場所。王子は槍で短剣を受け止める。
「……貴方は一味違うようですね。躊躇無く急所を狙ってくる……」
「王子なら受け止めると思って……な!!!」
クラミツハは体をひねり、腹部に蹴りを入れる。
王子は辛うじて腕で受け止め、驚いた表情を見せた。
「……貴方、名前はなんて言うのですか」
「…クラミツハだ」
王子の問いにクラミツハが答えると、満足した様子でクラミツハから離れ、槍を騎士に渡す。
「僕に本気で攻撃したのは貴方だけでした。それ程までに仕えたい理由があるのでしょう……理由を聞いても?」
クラミツハは短剣を捨て、王子を指差す。
「城に仕えて探したい人がいる。あと……王子、俺はお前に仕えたい」
「クラミツハ!指をさすなどなんて無礼な…」
「構いませんよ」
先生が焦った様子で怒ると王子は手を少し挙げて遮る。そしてクラミツハに手を差し伸べた。
「クラミツハ…と言いましたね。僕専属の騎士になる気はありませんか」
クラミツハは驚いた。そして同時に理解した。
敢えて模擬戦を選んだのは、"個人で戦える実力があるかどうか"を見定めるためなのだと。敢えて複数人で来るのを許したのは2択を迫るためだったことを。いざという時に1人でも行動できるのかを見ていたのだ。
クラミツハはふっと笑って差し出された手を握った。
「……俺、この通り敬語使えねぇけど?」
「構いませんよ、むしろ接しやすくて助かりますから」
こうしてクラミツハは王子に仕えることになった。そして王子は手続きを済ませ、クラミツハと共に馬車に乗った。
「そういや、なんで孤児院なんかで専属の騎士を探そうと思ったんだ?もっとちゃんとしたとこで強い奴雇った方が良かったと思うんだが」
クラミツハ馬車から見える外の景色を眺めながら質問する。王子は困ったように笑いながら答えた。
「勝手な理由ではあるのですが…僕自身かなり人見知りなんです。だから歳の近い人を専属にしたいと父に頼んで、選別の場として父が支援を続けていた孤児院を選んだんです。」
「なるほどな…あとその敬語って堅苦しくねぇの?俺の方が年下なんだし俺の前くらい敬語抜いても怒られねえぞ」
「……あはは、敬語を使うように教育されていたもので…でも君が言うなら、そうさせてもらおうかな」
王子はそう言って眉を下げて笑う。クラミツハはふと思い出した様子で問いかけた。
「そういえば王子、民に名前公表してなかったよな。なんて呼べばいいんだ?」
その問いに王子もはっとしたらしく、目を見開いたあと「そういえばそうだった……」と少し照れくさそうにしながら答える。
「……"俺"の名前はアドラス。アドラス・フレミアだよ」
馬車が城につき、2人は国王のいる謁見の間に通される。アドラスは入室時に深々とお辞儀をし、クラミツハも真似するようにお辞儀をした。
「……気に入った子がいたようだね、アドラス」
国王は体調が良くないのか、少し青ざめた顔をしながらも2人を交互に見て微笑みかける。アドラスは嬉しそうに年相応の笑顔を浮かべた。
「はい、父上。彼はクラミツハ、僕の選抜を唯一勝ち残りました。僕の専属騎士として配属させたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
アドラスのまっすぐな瞳を見つめ、国王はふふっと笑った。
「構わないよ。クラミツハ君、ひとつ頼んでもいいかな。」
クラミツハは突然問いかけられ、驚きながらも慣れない敬語で話す。
「お、俺に出来ることでしたら……」
国王はその様子を見て「固くならなくていいよ」と優しく言ったあと、用件を話す。
「アドラスは人見知りで1人で外に出ることも無かったんだ。だから、君にはどうか専属騎士だけではなく友として接してあげてほしいんだ」
クラミツハはその言葉を聞いて目を見開いたあと、口角を上げて答えた。
「勿論です、国王様。」
そうして2人は、主従であり、友人となったのだった。
国王との謁見後、アドラスは自らクラミツハに城を案内したいと言い出した。クラミツハは城への憧れと好奇心もありすぐに首を縦に振った。
「城に仕えてる騎士達は見回りが基本的な仕事なんだけど、使用人も兼ねてる人が多いんだ。まぁ……戦争が無くなったから手が空いちゃうんだろうね」
アドラスは中庭を歩きながらそう教えてくれた。実際すれ違う騎士達は皆談笑していたり、庭師の仕事をしていたりと平和な様子だった。
「実際人手は足りてるんだろ?なんで毎年変わらず騎士の募集かけてるんだ?」
クラミツハはそうアドラスに問うと、アドラスは困ったように笑った。
「実はね、父上が今よりももっと平和な国にしたいからってずっと募集かけてるんだ。騎士になれなかった人には支援金を送ったり贈り物を渡したりもしてるんだよ」
「ふーん……国王様ってのはほんとに平和主義というか、優しい人なんだな」
そんな国王がいる国だからこそ、孤児でもここまで不自由なく暮らせたのだろう。国王の慈愛によってこの国の秩序は保たれていた。
だが、クラミツハにはどうしても気になる点がひとつあった。
「そういえば……国王様、少し肌が青白くなかったか?」
謁見した時のあの顔色は、一般的な生活をしてたら滅多にならないだろう。国王なら尚更休養をとるはずだ。そう考えてクラミツハが聞くとアドラスは目を伏せた。
「……この国が、何故喰魂に襲われないか知ってる?」
喰魂。魂を喰らう化け物であり、人の姿をした人ならざるもの。優しい喰魂も居るらしいが、その情報は全て本で知ったもので、見たことは1度も無かった。
「喰魂ってあの魂喰らうっていうやつだよな?」
「うん。この小国フレミアは巨大な結界に覆われているんだよ。一日中ずっと、消えることなんて一度もない。それは喰魂によって滅びた他の小国のようなことが繰り返されないように、父上が張り続けてるものなんだ」
アドラスはそう説明すると「あの魔法陣のことだよ」と空を指差す。空を覆うように魔法陣がうっすらと展開されている。今まで空を見ても何も気にしなかった光景だが、これは結界だったのかとクラミツハは納得した。それと同時にアドラスの説明の異常さに気付き、はっとする。
「いやいや、そんなことしてたらすぐに魔力枯渇するだろ!?ただでさえこの範囲を守るなんて……」
魔力がどれだけあったとしても、国を丸ごと覆い尽くせるほどの結界となると負荷どころか命に関わるのではないか。それを1人でこなすのは流石に無理のある話だ。
しかし、アドラスはクラミツハの反応を見て「普通はそう思うよね」と頷き、自分から少し離れるようクラミツハに指示した。
「フレミア家はね、不可能を限りなく可能な状態に近付けるんだ」
アドラスはそう言うと右手を差し出し、小さな炎を出す。
「これが最小の威力だ。これを最大の威力にすると魔力は極限に消費されて立ってもいられなくなるだろうね。でも……」
アドラスは左手で小さな炎を扇ぐと、一気に巨大な炎となり消えていく。
「まだ使いこなせてないから一瞬しか出来ないけど……俺たちプレミア家は、最小限の魔力で最大の威力を出せる能力を持ってるんだ。簡単に言うと身体そのものが魔道具の役割を果たしてる感じかな」
アドラスの説明を呆然としながら聞いていたクラミツハはだんだんと目を輝かせアドラスにぐっと近付いた。
「つまり国王様はそれと同じ能力を使ってるってことか?」
「そうだよ。普段はあそこまで調子悪くないんだけど、最近は国を出ようとする人達が増え始めてね、あまり休めてないみたいなんだ」
アドラス曰く、張られている結界は喰魂除けの効果が強い分、人間が出入りをする度にそこから綻んでいくらしい。そのため規定の時間以外は基本国外に出ることを禁じており、それに不満を抱く者達が勝手に出入りしようとすることで結界を張り直す日々が続いているとのこと。
「規定時間以外の国外への出入りが禁止って法律にはそんな意味があったのか……」
「実際この結界のことを分からない人の方が多いからこうなるのも仕方ないんだけどね……」
別のところも案内しないとね、とアドラスは話を切り替え、案内を続けた。
クラミツハはその案内の道中、騎士達が話していたとある内容が耳に入った。
「名無しの王子様は最近、最強と呼ばれたあの騎士団長から1本取ったらしいぞ」
「へ〜やっぱ王子様は天才だな。王族は皆才能の塊なんだろうか……」
名無しの王子とは表に名を明かしていないアドラスのことなのだろう。天才、才能……そんな言葉が聞こえる度にアドラスの表情が曇っていくのを、クラミツハは見逃していなかった。
「……なぁ、今日はここまでにしないか?そろそろ疲れてきたし残りの時間はゆっくり過ごして、また明日案内してくれよ」
アドラスはその言葉に目を見開き、へらっと笑ってみせた。
「気づかなくてごめんね、部屋に案内するよ。専属騎士ってことで俺の隣の部屋にしてもらったけど大丈夫だったかな」
「ああ、お前が隣の部屋ならむしろ安心だ、助かるよ」
クラミツハの言葉に安心したのか、アドラスは嬉しそうに微笑んだ。
そして部屋につき、これからのことを説明して長い一日が終わった。
「……今日一日で状況が一気に変わったな」
クラミツハはベッドに横になり、今日あった出来事を思い出していた。
王子の専属騎士になったこと。空を覆う結界のこと。王家の能力の秘密。そして……
「才能、か……罪な言葉だな、あれは」
アドラスに向けられた才能という言葉。
一般的には相手を賞賛するために使われる言葉ではあるが、受け取る人によっては猛毒のごとく心を抉ることがある。アドラスは後者なのだろう。
(彼奴の技能はどう見ても、才能によるもんじゃない。だってアドラスは……)
クラミツハには分かっていた。模擬戦の時、アドラスがその場にいる誰よりも緊張していたこと。王子として振る舞うために表に出さなかっただけで、武器を持つ手がかすかに震えていたことも。
そして何より、魔法を見せてくれた時に目に入った傷だらけの右手が、アドラスが"努力"で足掻いてきたことを物語っていた。
「……守ってやらないとな、騎士として、友として……」
彼の努力は、自分が分かっていればいい。ずっと仕えたかった存在の、一瞬だけ見せた年相応の少年の姿。それが大人達に囲まれた環境下で押し潰され、見られなくなるのはひどく辛いものだと思えて仕方がなかったのだ。
こうしてクラミツハの心の中に、アドラスへの忠誠心が芽生え始めたのだった。
………………。
才能。それが賞賛の言葉であることは分かっていた。
分かっていただけに、つらかった。
「どれだけ頑張っても、褒められるかズルをしたと罵られるかの2択しかない。大人は過程を見てくれない。過程を理解してくれたのは父上だけだった。こんな俺が次期国王だなんて無理に決まってる……」
部屋の隅に蹲りながら、城を案内していた時に聞こえたやり取りを思い出していた。
「初めて友達ができたのに……彼も周りと同じだったらどうしよう…………」
そう呟いてふと思い出す。あの言葉が聞こえたあと、彼は案内を切り上げるように提案したことを。
直前までの様子を考えても疲れている素振りは無かった。俺を気遣ってくれたのだろうか。
今まで姿を見せなかった俺に仕えたいと言ってくれた、唯一の存在。
「クラミツハ……」
もしかしたら彼が、俺を導いてくれるのかもしれない。俺という存在を、認めてくれるかもしれない。
「……もう少し、頑張ってみようかな」
俺の中に芽生えた、小さな感情。
それをなんと呼ぶべきなのかは分からないが、これからの人生で分かる日が来ることだろう。
お互いがお互いに対して小さな感情を抱きながら、2人は眠りにつく。
しかし、彼らは知らなかった。
国の至る場所で、静かに憤怒の念が燻り始めていたことを……。
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大感謝号泣太郎 (金曜日, 12 4月 2024 18:50)
ふぃおなさんの創作楽しく拝見させて頂いています�いつも設定も過去も細かすぎて尊敬と歓喜で震えてます
限界クラミツハさん推しなので泣きながら読ませて頂きましたアドラスさんとの出会いからのお互いに対等に接しようとする姿にアタイは号泣しちゃいました���あと敬語使えないクラミツハさんにニコニコしちゃいました
これからもふぃおなさんの創作応援してますコメント失礼しました